今日は秋晴れで良い天気だ。でも薬のせいで遅く起きてしまってハイキングに出かけられない。頭の方は少しいいだろう。目は少しかすむ。頭の働きが少し衰えたようだ。また元に戻るだろう。 細心の注意を払おう。自分は今危機的な状況にある。冒険主義は厳に戒めよう。女が恐ければ十分注意していればいいのだ。恐がる必要はないのだ。 私がptsdにあることは明らかだ。女を好きになれない。人と仲良くなれない。人が嫌いだ。これはptsdだ。ptsdだからといって怒鳴られたり、モラハラにあったりすることは二次被害だ。この会社に入ったときにキチガイからモラハラになった。どうして自分がそういう目に遭うのかわからないが、じっと耐えた。それがptsdだ。それ以前からptsdになっていた。色々な惨事。ババアを見るだけで恐怖に襲われる。ババアの声を聞いただけで恐くなるのはあの療養生活によるものだ。婆とものすごい葛藤が生じた。あれほど人と憎みあったことはない。人と信頼関係をもてなくなったのは私のせいではない。ババアが嫌いになったのは私のせいではない。レイプされた女性が男を憎み嫌うのは当然の反応だろう。 小さい頃からptsdだ。友達ができなかった。中学のときに付き合ったくそ馬鹿のせいで家族が嫌いになり、ptsdになった。それからはptsd一筋だ。 今本当に疲れている。本当に慎重にしたほうが良い。休む勇気が必要だ。 恐がったり不快な気持ちになるのは損だろうという気持ちになった。人間なんて恐いものではない。全く恐くない。法律と道徳と良心とありとあらゆるものでがんじがらめになっている。恐がるだけ損だ。嫌がらせをしたからといって不快な気持ちになるだけ損だ。自分を喜ばせよう。人を喜ばせてどうする。 大泉緑地に行ってきた。いいところだ。緑が多い。人も少ない。猫が可愛い。 キチガイと酒を飲んだ。ptsdになった。これが私に起こったことだ。キチガイは私を好きになった。狂った自分を無限に受け入れてくれそうな気がしたからだ。私もおかしかったから優しい気持ちから受け入れてしまった。だが、さすがに恐くなった。嫌いになり離れようと思った。最後にのみに行ったとき、嫌で嫌でたまらなかった。そういう態度にキチガイは腹を立てハラスメント的怒りをぶつけてきた。キチガイの嫌味嫌がらせ光線を数時間に亘って浴びながら酒を飲んでいると翌日から眠れなくなった。酒を飲むとは性的な感じがするくらいに親しい行為だ。それを嫌な相手とするということはレイプとそっくりなことだ。それをやられたのだ。だからptsdになった。ありうることだ。というより、現にこの身に起こったことだ。抗うつ剤を飲もう。緊急避難的に仕方がない。長くは飲まない。この苦しみを早く脱出するために抗うつ剤を飲もう。最近男も恐い。hやz氏も恐いと感じた。カウンセラーも微妙に恐い。ptsdだ。男が全部恐いわけではないのに、男が恐い。恐がるだけ損だ。 女も恐いし、男も恐い。男は信頼していたのに裏切られた。キチガイによる精神的レイプ。医者ともうまく行かないし、カウンセラーともうまく行かない。男が恐い。 今まで数多くのトラウマになりうることがあった。良く生きてきたといえる。中学のいじめ、不登校、教師による虐待。高校での孤立、虐待。大学でのいじめ、自殺未遂、発病、銀行でのいじめ、発病、入院と入院拒否、引きこもり、両親との葛藤。父の死。就職と解雇、就職してからのモラハラ、配置転換、職場不適応。一瞬たりともうまく行ったことはない。そして今回のキチガイによる精神的レイプによるptsd。どれ一つとってもptsdになりうることを生き抜いてきた。良く頑張った。良く正気で生きていると思う。まさしくptsdだ。 その前に人に迷惑をかけないよう十分注意しよう。人を傷つけないよう、十分注意しよう。朝日カルチャーでもああだめだなと思ったらさっと撤退した方がよかった。意固地になってしまう。間違っているのにこだわってしまう。モラハラ的な行為をするのは私も同じだ。良くないことは何でもやっている。真面目になろう。美しく生きよう。ちゃんとした社会人になろう。えらそうにしても仕方がない。法学部なんか行くんじゃなかった。文学部に行って、ひ弱な花を咲かせて満足すべきだった。もう遅い。でも遅すぎるとは思わない。どんなに失敗に見えようと最後の最後棺桶のふたを閉めるまでわからない。良い人間であることに何か不都合でもあるか。絶対ない。良い人間しか残れない。悪い人間など残れない。優しい、正直な良い人間だけが生き残るのだ。今ちょっと疲れている。ptsdになっている。抗うつ剤と有酸素運動で乗り切ろう。丸くなろう。丸くなって生き延びよう。まだまだ死ぬわけには行かない。体の力を抜こう。ちょうど馬鹿になったことだし、悪を諦めよう。突っ張らない。機嫌を取るということの意味が初めてわかった。機嫌が悪い状態で人前に出ること自体許されない。たとえ親兄弟であっても。朝起きれないのはうつだった可能性がある。ptsdだったと思う。何によってかというと悪い仲間との付き合い、そこで経験したこと全てだ。教師に目を付けられたことだ。 今機嫌が悪かったら、抗うつ剤でも飲んどけということだ。機嫌が悪いまま会社に行くな、社会に出るなということだ。反社会的でさえある。今抗うつ剤のお蔭か少し機嫌が良い。美しく生きよう。人に優しくすることは美しく生きることの第一だ。心を愛で満たし、美しく保つことは素晴らしいことだ。日野原重明先生みたいなものだ。突っ張らない。体の力を抜く。美しく生きる。これをモットーにしよう。悪をごり押しする人生はピリオドだ。
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