希望の日記

2007年04月09日(月) 曇り

母が帰ってしまうと余計に寂しい。今朝は変な夢を見て不安な目覚めだった。なんだか調子が悪い。やっぱり医者に行って見ようか。不安で落ち着かないと。ちゃんと説明できるだろうか。耳のつまりがかすかに残る。まったりのんびり行こう。
何か漠然とした不安を感じる。これを突き詰めるといけない。のんびりまったり行かないといけない。活字が少し読めるようになった。しゃべれるようになるのももうすぐだ。この間タクシーの運転手に聞き取れないといわれたときはショックだった。母が来てくれてよかった。でも嫌々だったような気がする。仕方がない。こちらも必死だ。死にそうなんだ。それで生き返った。良かった。まったり生きよう。
しんどい。やっぱりしんどい。しんどさが続くようなら例の他の病院に行って見ようか。しんどさの正体は何だろう。酒を飲むことか。自分いじめか。わからない。まったり生きよう。
しんどい。耳鳴りは少し良くなった。いずれ気にならなくなるだろう。過去の経験から言って。
優しいこと、親切にする。感謝する。それでいいじゃないか。もう悪い人間ではなくなった。まったりしよう。まったりすることで全ての悩みが解決する。
母親に一か月くらいいてもらうといいかもしれない。何かが解けていく気がする。今が一番良い関係かもしれない。近すぎず、遠すぎず、親子として接しられる。これは一番良い。私には何のわだかまりもないし。
まったりすれば精神も安定する。はっきり生きられる。誰かに助けを求めること。これは大事なことだ。いのちの電話に掛け捲ったのは良かった。肉親を呼ぶという行為につながった。
まったりしよう。まったりすればぴたりと治る。少し具合が良くなってきた。
本を売ることにした。本の整理をちょっとやってみた。腰と背筋が痛くなった。こんなに働いたのは久し振りだ。頭もボーっとする。
まったりしよう。疲れた。本の片づけを必死でやってしまった。加減というものがわからない。ものを捨てる快感というものは確かにある。愛着を断ち切って捨てる。売り払う。スペースができる。快感だ。何かが変わる。
疲れた。でも爽快感があって、昨日までのしんどさはない。ビデオも何本捨てたか。変なビデオも含めて。悪いことはしない。親切にし、優しくする。感謝する。それだけで良い。ほかの事は考えない。
まったりすること。あの医者くらいゆったり構えればいいのではないか。まったりすれば生きられる。きっと復帰できる。
まったりすること。苦しいとか思わないこと。思わなければ苦しくはない。母だって苦しい中を高齢を押してきてくれたのだ。素晴らしいことだ。いくら感謝しても感謝しきれない。
まったりしよう。苦しくはない。苦しいと思うから苦しい。脳がダメージ受けても生きられる。親切にし、優しくすること、感謝することで生きられる。脳がダメージを受けても生きられる。私はおかしくはない。きっと復帰できる。苦難の道を乗り越えて必ず復帰できる。まったりしよう。苦しくはない。いたずらにパニックに陥っても解決できない。
医者を変えても不利益を受けるだけかもしれない。今までの私を知らない医者が見るわけだから誤診もありうる。それでもこのまま良くならないなら新しい医者に代わってもいいと考えている。
まったりしよう。まったり生きよう。焦るからパニックになる。悠々としよう。自分の時間を使おう。
まったりしよう。そうすれば生きていける。
まったりしよう。まったり生きよう。まったり生きれば生きられる。
明日やることがなくてもいいじゃないか。明日やることを決めよう。


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