私の雑記帳
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2009年07月30日(木) 「貧乏だったけど惨めに育てた覚えは無い」

昨日の久米の番組のゲストがビートたけしで、注目して見た。
たけしの母(さきさん)の言葉で印象的に覚えているという言葉の一つが「貧乏だったけど惨めに育てた覚えは無い」というもの。
教育熱心だった母親らしいが、いわゆる「学」というものがなくても迷いの無い子育てをしたことがなにより羨ましい。
状況により、貧乏と言うのは仕方が無いことだと思うけれど、惨めではなかったというのは、いまの私には胸に突き刺さる。

うちはある意味、今日の米に困るほどの貧乏ではないが、嫌と言うほど惨めな状況、みじめな生活、なのである。
ずっと前からずっと自問自答を繰り返す。「そんなに私はダメな人間なのか?」「利口ではないけど底抜けの馬鹿というわけでもないのに、なんでこんなに愚かな人間になってしまったのか?」
「愚痴ってたってしょうがないじゃん」と、もう一人の私が言う。「テメエで何とかしろよ。言い訳すんな」

私は人が怖い。軽口をたたくのは得意だが、他人の言葉態度に敏感に一喜一憂してしまう。
自分がないのだ。北野さきさんのように、信念のようなものがない。自分自身にも子育てにも。

私の自尊心の回復はどうにか仕事にありついて自立生計を立てられる事に尽きる。それがわかっていて、外に出るのが怖い。
そんなに私は馬鹿じゃないとプライドばかり高くても、実は人より随分劣っているのだ。手先がうんと不器用だし、数の扱いも苦手だし、何にも出来ないろくでなし。でも、とにかくいつか必ず人並みの自尊心くらいは取り戻したい。人より優れていなくていい、自分の力で生きていたいのだ。
子供にも惨めな思いをさせている。高校の部活の活動費で学校からお金を渡された。部費の無い部活なので、ちょっと動くと交通費がすこしかかったりする、その費用を気遣ってだしてくれるというのだ。学校の趣旨はわかるけど、それは大変に惨めである。
娘は高校から奨学金だし、母親(私)は働いていないし。こんな進学校にうちのような家庭の子供は滅多にいない。そういう意味では娘はよく頑張った。でも母親の私がこんなだもの。世間が怖くて外に出られないんだもの。
 それでなくても40代の何のとりえも資格も無いオバサンを雇ってくれる会社は無い。しかもこの不況。

散々いじめた妹は高校入学前に私を追い抜き、大学を出て公務員になり、優秀な医学部をでた医者と結婚した。私が東京に残りたかったのに、現実は私が田舎に戻り、妹が東京暮らし。
なにもかも裏目裏目の人生。公務員にもなりたくはないし、なにも医者と結婚したいわけじゃない。
でもあまりにも惨めなんだよ、私が。

自己憐憫はみっともない。
いつか必ず自立できるチャンスがあると思って今の惨めを乗り切るしかない。
それにしても、長ったらしいへたくそな文章だ。






pearl〈パール〉 |MAIL

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