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2005年11月24日(木) |
癒しとか、温かい心とか。 |
考えてみれば、他人との関わりにおいて、癒されたり温かい気持ちになったり、ということが絶えて久しい。 仕事柄、他人の善意よりは悪意が、思いやりよりは我を通すことが強く感じられるせいもあるだろう。 優しくされればめっけもん、不愉快な気分にされても当たり前、みたいな日常ではある。 だからこそ、私は他人にはできるだけ当たらず触らず、特に親切にもしないが不愉快にもさせないように気をつけているつもりだ。それが上手くいってるのかどうかはわからない。自分のわからないところで他人に害を加えているものなのだ。 でも、できるだけそうしないように気をつけるほうが、まったく無頓着でいるよりはましだと思うのだが。 自己満足だな、きっと。
御主人様からは、先日メールがきて『もし時間が取れたら』土曜日の午後短い時間だけどプレイできる、とのことだ。 でも土曜日は、夕方から御主人様の仕事が入ってるのは知ってるし、そんな確約もできない、実現しても時間に追われて慌しくプレイするのなら、延期してゆっくり逢える日にしてもらいたい、と思う。わがままだけど。 第一、今の時点で、またドタキャンになる雰囲気が濃厚だし。
御主人様と一緒にいて、心が癒されるのかといえばまったく逆で、プレイすることで私のM心は満たされはするものの、精神的にどうなのかといえばむしろ消耗することのほうが多い。自分が御主人様に構ってもらえる価値のある人間だとは思えなくて卑屈になるし、いつ愛想を尽かされるか、見捨てられるか、びくびくしているのが正直なところだ。だから、約束がドタキャンされると悲しいのと同時に安堵もするのである。 Samに関しては、いい部分も悪い部分も裏も表も、もういやと言うほど知ってしまっているので、夢とか幻想とかの入り込む余地がない。 Samの奴隷でいた三年間で私の心や体に残された傷や痕に関して、Samは少なからず責任を感じているようだけれども、それだって結局は私の同意のもとで行われたことだし、私の責任であってSamのせいではない。 Samとセックスするのは気持ちいいが、私の体に快楽と満足を与えてくれるのなら別にSamでなくてもいいのだ。 一緒に眠っても、物理的な体温の温かさ以上に私を暖めるものをSamは持ち合わせていないのだから。
そんなだから、多分誰にも、私はちっとも安らぎや癒しを提供できていないのだと思う。 冷えた乾いた心のままでも、人間は結構平気で生きていられる。 どんなひどいことも、しばらく心で抱えていればそのうち受け入れることができる。 そんなに簡単に壊れることもないし、存外人間はしたたかなものなのだ。
今、こうして何事もなく社会生活を送っていられるのも、ギリギリのところで自分を護ろうとする浅ましい防衛心が働いたからに違いない。
こんな人生は寂しい、と思う私もいることはいる。 でも、じゃあどうすれば心温まる人生を送れるのか? 今の私には、さっぱりわからないのだ。
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