柊小説

2006年02月13日(月) アカイヌクモリ  ―――�掘檻院宗宗�

 この日の帰り道、サジは僕の家につくまでの大半の時間、三時限目にあった一件を一人で六役(僕らとトミナガ)こなし�爐發里泙諭Ε錺鵐泪鵐轡隋辞瓩搬蠅靴独簣�していた。というより見せつけられた。サジは人の仕草やポイントを見つけるのが得意だった。そのあまりの役者ぶりに僕とシンジは、腹を抱えアスファルトに膝をついて笑った。シンジは涙を流すほどうけていた。リョーキとヒロトは鼻でしか笑っていなかったけど、腹の中ではひっくり返っていただろう。
 しばらくするとサジは何もなかったように真顔に戻り、まだゲラゲラ笑っていた僕に訊いてきた。
「シド、今日ヒトミは?」
呼吸をするのもままならない状況の中、僕は声を絞って答えた。
「──ああ、何か……今日はリョウコんちに行くって言ってた。最近悩みを聞いてるらしい」
「あのうるせー女が悩みか……。そういや二人してそそくさ教室から出てったな」
 リョウコは僕らと一年の時同じクラスだった奴で、ボーイッシュだけでは満足できずに騒がしく、女バージョンのサジのようだった。たとえば、給食の時に食べることより喋ることに時間を費やし、飯にはほとんど手をつけないまま片づけになって喚いたり、授業中に下ネタ話の一部を教師に聞かれて机の隣に正座させられたり、僕やサジの股間に手を当てては、まだまだ青いね、と言うような女だった。彼女は普通の女ではできないこと、言えないことを悉くやって退けてしまう、よく言えば気どらない楽しい奴、悪く言えばただの○○○○だった。よく見ると可愛い顔をしていたけど、騒がしさと女気のなさが邪魔をしてなかなか�狃��瓩箸いμ椶納�りからは見られていなかった。そして、ヒトミとはリョウコの親友でこの時僕がつき合っていた女だ。──つき合っていた?過去形?今でも継続しているだろ?いや、そう信じたい……。
 
 彼女は別の地方で小学校を卒業するまで生活していて、両親が営んでいる旅館の店舗拡大のために引っ越してきた。そして僕らよりも少し遅れて入学し、偶然にも……いや、そうじゃない、必然だ。必然的に同じクラスになったんだ。
 転入生というのはいろいろな意味で騒がれ注目されて、ある程度時期が過ぎれば落ちつくけど、その時にはいい奴か悪い奴かのどちらかでしかない。悪い奴、と断定された奴は卒業するまで、あいつは転入生のくせに……というレッテルを貼られてしまうことが多い。考えただけでも自殺ものだ。ヒトミは旅館の娘ということもあってか、人当たりがよくわりと早く周りとは打ち解けていた。一部では�爛泪疋鵐吻瓩覆鵑童貼�い呼び方をしている奴もいた。僕ら五人は物珍しさと、慣れない環境で戸惑っているのだろう、という勝手な決めつけでヒトミに近づいた。ヒトミも学校では�猊堽畢瓩噺討个譴討い針佑蕕法∧亳�の目を向けずに接してくれた。なかなか好奇心旺盛な彼女に僕らはあらゆることを教え込んだ。その中でもヒトミが好んで聞いた話は、市街地外れの風俗街のことだった。顔を真っ赤にしながら話を聞くヒトミは、恐そうだけど行ってみたいな、と胸を躍らせていた。実際、その願いは叶わなかったものの、僕らとヒトミは互いに想像もしていなかったほど親密な関係になった。
 ヒトミとそうなるに連れて、彼女が僕に恋愛感情を抱いていることは薄々気づいていた。みんなで帰っている時も必ずといっていいほど僕の隣に来たり、時々二人で遊んでいる時も気を惹かせるようなことを言ってきた。そして、彼女が僕にとって恋人という存在になったのは三月の末でお互いのことを知り尽くしていた中でつき合ったからか、正直�猗狃��瓩箸い�実感がなかった。ヒトミは僕の全てを知っていた。性格、価値観、名前の由来、家族の事情、僕が仲間と起こした数々の事件──。
 僕らが恋人と呼ばれる時間を過ごしたのは、三ヶ月にも満たない果敢ないものだった。それでもヒトミと出会ってからあの日までに積み重ねてきたひとつひとつは、浜辺で無数に光輝く砂や貝殻のようにしっかりと隙間なく心に散らばっている。それはどんなに強く吹き荒れる潮風にも飛ばされることなく輝き続けている。
つき合い始めて間もない頃、僕はヒトミのことを知ろうという気持ちから、いくつも他愛のないことをまるでインタビュアーのように質問したことがあった。そして、彼女の口から出てきた言葉は今でも色褪せることなくしっかりと僕の頭にインプットされている。
・好きな景色?
「高速道路から見える緑いっぱいの田園とか、日の当たらないじめじめしてそうな森林とか、そういう所の集落を見るのが好き。すごく長閑で、なんかね、車は猛スピードでエンジンを怒らせて走ってるのに優しい気持になれるの」
・食べ物?
「早くも一番答えたくない質問かも……。笑わない?ていうか、バカにしない?……えーとね、佃煮類」
「…………」
「ねえ、口元震えてるよ。──だから言うのやだったんだよー!」
「あれかな、ヒトミは爺ちゃん婆ちゃん子だったのかなー?」
「何その人をバカにした喋り方は!?もーいい次!」
・好きな人間、タイプ?
「顔はいいに越したことはないけど、それ以上に個性かな。自分をちゃんと持ってる人。そう考えると私って結構曲者が好きなのかも。嬉しいでしょ?」
「はい次」
・色?
「くっ〜!腹立ってきた。グレー。──私はビビッドよりパステルの方が好きなんだよね。何となくなんだけど。グレーは服に合わせやすいからかなー。……ちょっとがっかりした?女の子らしくピンクとか言ってほしかった?」
「別に期待してない。次」
「何それさっきから、酷い!本当に聞きたくて質問してんの!?」
・教科
「もー!……強いていえば、英語かな。リョウコからの影響が大きいね。あの子英語大好きでしょ。いつも一緒にいるから私もいつの間にか好きになっちゃった。シドは?体育と性教育以外は得意科目なんてないか」
「ああ、そうだな……。ただ、学力が乏しいことを誇りに思うことはねえけど、恥ずかしいと思ったこともねえ。この先シンジとリョーキはいい高校に入って、一流大学を出てエリートになっていくような気がするけど、サジにヒロト、もちろん俺も今の状況じゃお先真っ暗だ。多分、俺ら三人のことを見下してる奴らは、中卒で手に職つけてヒーヒー言いながら一生を終える、とでも思ってんじゃねえのか。まあ、そうなる確率も低くはない。でも、もしかしたら俺を含む三人がシンジとリョーキみてえな奴よりも上に立つ人間になるかもしれない。転機っていうのか?当然、そういうもんは自分でつくらなくちゃいけねえと思うけど、いつかは来る気がする。──二十歳になった時はもちろん、卒業後すら何をしてるのかも全くわからねえ。その不安みてえな圧迫感が俺は楽しくて、気持ちよくて堪らねえ。自分の将来がすごく楽しみなんだ」
「今言ったことだけじゃないけど……それだけ自分の気持ちをしっかりと持って人に伝えることができるんなら、絶対に大丈夫だよ。シドの将来は真っ暗なんかじゃない。私が保証する。だからこれから時代に沿っていくために無理に自分を変えようとか、考えを曲げたりだとか、そんなこと思っちゃだめだよ。シドは今自分の持っている考えを、これから先も突き通すべきだよ。それがシドの武器なんから」
「お前に俺の将来を見透かす力があるのか?」
「……あるよ。当然じゃない」
「じゃあ信じる。次」
・音楽?
「何でも聞くよ。日本のも外国のもクラッシックまで。セックスピストルズの曲は私にはあんまり合わない。歌詞は好きだけど。そうだなー、最近はブラーかな。知ってる?ブラー」
「知らない」
「イギリスのバンドだよ。曲もいいし、メンバーがかっこいいんだー。まあ、今度シドも聞いてみてよ」
「ああ、ブラーね。ブラー」
「発音違うよ。語尾は下げるんだよ」
「ブラォォーブラォォーブラォォーブラォォーブラォォー……」
「うるさい!次!」
・休日の過ごし方?
「今はシドがいるから予定は埋まるけど──あっでも、つき合う前だってサジとかみんなで遊んでたよね。誰かと遊ぶ以外は、ビデオ借りたり、本読んだり、散歩したり、旅館の手伝いさせられたり……そんなとこかな」
・前に住んでた所での思い出?
「近くにね、小さい旅館ていうか、民宿があったの。その民宿の前に流れていた河原で遊んだことかな。流れは激しいけどすごく綺麗だったんだ。うちがオフシーズンになって暇ができると、毎年一回は必ず家族旅行として行ってたの。一年で一番待ち遠しくて楽しい時だった。クリスマスとかお正月なんかよりも……」
「お前の言ってる民宿は�獻悉�(そまひで)�瓩辰討いΔ箸海世蹇�女将がリーゼントっぽい」
「ちょっと待って!何で知ってるのー!?」
「行ったことがあるんだ。小五の時かな。俺も家族旅行で。確かに河原がすっげー綺麗だった。みんなはしゃぎまくって全身ずぶ濡れになってた気がしたな──」
平然を装って淡々と話していたけど、内心は有り得ないほどの偶然にガキながらも運命というものを感じずにはいられなかった。
 カオリが中二で胸の膨らみを意識し始めていた時期に、僕ら家族御一行は車で十時間以上もかけて小さな島で五日間のバカンスを満喫した。──九一年の夏休みだった。
僕はまだ体もジュニアも小さくて、思い出の河原では流れによってバランスがとれず、母親に手を握られていた。
 河原は民宿の前の道を跨ぎ、土手を下りてすぐの所にあった。晴れていれば遠くからでも魚が泳いでいるのがわかるほど水は澄んでいた。その水を見守るように河原を囲う緑という自然に、小学五年の僕は圧倒されていた。そして、どう流れてきたのかわからない巨大な石の上では、釣り用の服に身をまとった中年の男が竿の先端を見つめたまま獲物がかかるのをじっと待ち構えていた。僕と親父はバーベキューの下準備をして、母親とカオリは揃ってTシャツに短パンという姿で飲み物を冷やしながら氷のように冷たい水をかけ合っていた。──日が暮れる頃になると、
「そろそろ夕食の支度ができますけどぉ〜」
と勇ましいドラ声で忘れたくても忘れられない、ポマードを髪全体に塗り手繰ったリーゼント風の厳つい女将がわざわざ呼びに来てくれたのだ。
 昼のバーベキューと夕食の支度を告げる女将の声であっという間に過ぎてしまった五日間。帰りの話題はほとんど顔面凶器の女将だった。母親は、
「あと一日延長したいなんて言ったらあの声で、『夕食はあんたらの肉を使ってやろうか〜』なんて言われちゃいそうだね」
と面と向かっては言えなかったことを発散させていた。

 「恐いくらい偶然だね、びっくりしたー。でもどうしてわざわざ杣秀だったの?」
「親父が旅行のパンフレット持ってきて、気づいたらそこに決まってた」
「へーそうなんだ。あの川原は本当に綺麗だったね。水はすっごい冷たくて流れも激しかったけど、私は我慢してずっと入ってた。出てからもしばらく見入ってたよ。──向こうを出る時最後にもう一回見て、できれば入りたかったんだけど時間がなくて……。今でも時々切なくなる」
「残念だったな。……ちょっと距離はあるけどさ、絶対行けないって距離じゃないぜ。いつか行けるよ。それより、ヒトミの住んでた所ってあの島?」
「違うよ。私の家は本州の端だったんだ。でも近かったよ、一人じゃ心細くて行く気にはならなかったけど。──シドはさ、水切り得意?」
「どうだろ、あんまやったことねえからなー」
「今度勝負しようよ。もし私が勝ったら……どうしよう、後で考えとく。──あっ、あの島に一緒に行こ!杣秀には泊まれないと思うけど」
「いいけど……健全な中学生らしくねえ発言だな。いつになるんだか──。まあ、焦らずのんびり考えていきましょうよ」
「……シドがさっき、行けない距離じゃないって言ってくれなかったら私、行こうなんて言わなかったよ。普通に考えたら、行かないってより行けないでしょ?一応私は健全(、、)な中学生だし。でもね、シドとは──」
次の言葉を待てなかった。目の前ではにかみながらも楽しそうに僕に語りかけているヒトミが愛しくて堪らなかった。左手を後頭部に、右手を腰に添えて力いっぱい僕は彼女を抱きしめた。一瞬の動作だったからか、左手にはさらりとした細い髪が絡まって少しくすぐったかった。突然の展開に、彼女はしばらく僕の腕の中で呆然と立ち尽くしていたけど、寝息に似た短い呼吸をするとそっと僕の腰に腕を巻いてきた。四月の夕暮れ時の風は生暖かくて正直抱き合うような気候ではなかったけど、そこには�爛轡畢瓩鉢爛劵肇澂瓩箸いΔ海涼狼緇紊廼�然にして出逢った二人にしかわからない心地よさ、ぬくもりがあった。トマトジュースに染められたような空に見守られながら、この時間が永久に続いてほしい、そう心から願った。そして、ヒトミの抱きしめる力が強くなり僕の背中が反り気味になっていた時だった。�爐海了�間が永久に続いてほしい�瓠△修Υ蠅辰討い燭砲發�かわらず、僕は彼女の顎に軽く手を添え目を閉じたまま静かに唇を寄せた。──無意識の行動だった。唇を合わせ体が震えるほどの緊張に襲われながらも、ヒトミという女を心から愛しています、そう自分自身に誓った。
 彼女の唇はすごくふっくらとしていた。目を閉じていてもそれだけは感じとることができた。それと、睫毛と頬骨辺りの筋肉がピクピク動いていることも。腰に巻かれていた手は唇が重なった直後、背中にしがみつくように力んでいた。好きだ、そう言いかけた時、ヒトミは後退りするように唇を離した。そして、俯き唇を指で押さえながら言った。
「シドは、初めてじゃないんだよね……」
じんわりと嫌な汗が滲み出てきた。僕にはほんの数秒前のキスが二人にとって幸せだったのか、それともしてはいけないものだったのか、わからなくなっていた。俯くヒトミを黙って見つめていると頭の中に一人の女の影が浮かび上がってきた。ヒトミの言う通り、僕にとってキスは初めての経験ではなかった。いや、キスだけじゃない。もっと上のことも。あの中学生という域を超越していたユリナという女と──。


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