柊小説

2006年02月14日(火) アカイヌクモリ  ―――�掘檻押宗宗�

 入学して間もなく僕はバスケ部に入った。部活は強制ではなかったもののミニバス時代のコーチに言われた、素質はある、という言葉を少なからず信じていたからだろう。──そして、出会いは突然訪れた。
 体育館のステージ前で練習の声出しをしていた時、僕の隣にいた奴がいきなり肩を組んできた。
「おい、知ってるか?お前のことバレー部三年の人が気に入ってるらしいぜ」
声出しはこの上なく退屈で毎日気分が悪かったせいか、あっそ、と言わんばかりの態度で、だからどうした、と吐き捨てた。
「何言ってんだよ、めちゃくちゃ可愛いって話だぜ。背が高くて、モデルみたいなんだってさ。ただ……ヤバイ人らしいけど。一年の女子の間でも怖いっていう噂が広まってる」
どんな奴だよ?そう心の中で呟きながらバレー部との境界線になっている張りのないのネットを透してコートをざっと見渡した。そして見つけた。さがすまでもなく――。目が合った瞬間その女はピクリとも動かずに僕をじっと見ていた。笑顔も手を振る素振りも何もなく、ただ無表情で。それから十秒、十五秒ぐらい経ってから、女は視線を外して練習を再開した。
隣にいた奴が言っていた通り、その女は長身でスタイル抜群、遠見ながらも顔立ちがはっきりしていて僕は距離がありながらも目のやり場に困っていた。その女こそがユリナだった。中学生とは思えないほどの美貌と近づき難い威圧感を持っていた。
 どういうわけか、初めて目が合った日から僕とユリナの距離は徐々に狭まっていった。目の合う回数は次第に増え、意識的に互いに目を合わせるようになり、校内ですれ違った時は挨拶代わりに多少の話もした。後輩でユリナと話をするのは僕だけだったけど、周りが騒ぎ立てたり恐れるほど彼女は悪い女ではなかった。確かに校内で火のついた煙草を持って平然と歩いたりしていたけど――。
 六月に入りユリナとの距離が急接近した。何の約束もなしに自然とほぼ毎日一緒に下校していた。そして、親父から母親とカオリの話を聞いた数日後だった。僕はユリナに腕を引っ張られるまま、いつもの帰路とは明らかに違う道を歩かされていた。
学校を出て二十分くらい経った時、ユリナはピタッと足を止めて前方を指した。そこは何台もの大型トラックが規則正しく並んでいる古ぼけた運送会社の倉庫だった。行くよ!そう言い再び僕の腕をとり駆足で開いているトラックの荷台へ這い上がり、手早くドアを閉めた。中は当然真っ暗でユリナの顔も全く見えなかった。それに梅雨時期ということもあり、ジメジメしていて木材の臭いと埃の臭いが混ざっていてロマンチックな場所とはほど遠かった。僕は狭い空間で二人きりという状況に緊張していたのか、膝を抱えたまま黙ってシルエットでしか見えないユリナを見つめていた。
 ──カチンッ、という音と共にオレンジ色の淡い光が荷台の暗闇に灯った。ユリナがつけたジッポライターの炎は痩せたり太ったりを繰返し、休むことなく彼女の高い鼻、引きしまった顎のラインから全てを美しく映し出していた。
「やっぱ、閉めると暑いね。それにちょっと臭いし……」
ユリナはあちこちを見回しながら言った。思いのほか響く声に僕はただ頷くしかなかった。そんな動揺を隠しきれない気持ちを悟ったのか、ユリナは微笑みながら平然と言った。
「シド……ここで私とヤらない?ちょっとエッチする場所には相応しくないけど」
全く予測していなかった言葉にどう返せばいいのか、戸惑っているうちに胸を打つビートが速くなって背中と膝が震えていた。──しよう、その一言が喉から出ないまま黙り込んでいると、
「どっちぃ……?」
ユリナは耳元で囁き首を両手で絡めてきた。その瞬間、僕の中で真っ白な煙と青い稲光を発して何かが爆発した──。
 ゆっくり、それでも力みながらユリナを横に寝かせた。首に両手が絡んでいたから僕も一緒に横たわった。そして、オレンジ色の炎に照らされる埃臭い中でユリナにキスをした。これが僕の初めてのキスだった。聴こえてくるのはユリナと僕の微かな息遣いだけ。そして、彼女の唇は柔らかかったけどすごく薄くて出っ張りがなかった。
 唇が重なってからしばらくしてユリナはそっと離してから言った。
「シド、初めてでしょ?私も……初めてなの。だから……ね、優しくして……」
いつも強がっている素振りばかりだったユリナはこの時は控えめというか、少し怯えているようだった。また、意外だったのはユリナの口から�狃蕕瓩騰瓩箸いΩ斥佞�出たことだった。荒れ狂っていた三年の中でも抜群に目を引く存在。そんな彼女がバージンだったとは意外というより、むしろ驚きだった。
 しばらく抱き合い互いの舌を絡ませながら、彼女のほどよく弾力のある胸や柔らかく形のいいケツ、綺麗にくびれた腰を愛撫した。そして、それまで聞いたことのない彼女の甘い声に酔わされながら、今度はモザイクの世界でしかなかったもう一人の潤い続ける彼女に何度もキスをして僕は、セックスという未知なる世界へユリナと潜り込んでいった──。
 ──天国というものを初めて経験した。埃臭い聖地にはまさに�狹傾颪望困辰臣豊瓩鉢狠蝋�を見た女�瓩�いた。ユリナは全裸で寝そべり、痛かった……と息をきらせていた。そして、互いに一服し終えた時だった。突然何かを思い出したような表情をした彼女の口からは信じられない言葉が発せられた。──ジュニアが萎えていく瞬間でもあった。
「エッチする前に言おうと思ってたんだけど、忘れてた。私あんたとはつき合う気はないから」
これからの二人の幸せを多少というより大いに期待していた分、落胆は隠しきれなかった。この時聖地にいたのは�牋�女�瓩鉢狠蝋�に落とされた男�瓩世辰拭�正直、ユリナの存在に気づいた時から僕は彼女に惚れ込んでいた。無理もない。ユリナに気に入られてそれを蹴るような男は、あのサクラ好きという物好き以外には考えられない。……そう、親密になるに連れて忘れていた。ユリナはそんな澄んだ女じゃない……!
失望感に呑まれ、返す言葉が見つからない僕を尻目に彼女は続けた。
「初めてシドを見たのは入学式の日だった。私は式に出なかったんだけど、校内であんたとすれ違ったの。憶えてないよね?その時かな、何かあんた見て変な気持ちになった。口じゃあ言い表せないような……。私と一緒にいた奴は特に何も言ってなかったけど、何だろう?オーラ……は言いすぎだけど、とにかくほかの男には持てない空気をあんたは持ってた。私はそこが気に入ってあんたに近づいたの。でもふたつも下でしょ、つき合うにはガキすぎるし、けどまあ、エッチぐらいはいいかなって思った。正直あんたの肉体(からだ)が欲しかっただけかもしれない。あんたがいつも一緒にいるサジだっけ?めちゃくちゃかっこいい奴。いいんだけど、あの手のタイプは一回ヤって飽きると思うんだ。私の方がね。あともう一人、シンジって子。あの子は三年にはすごい人気だよ。私は清純気があってあんまり好きじゃないけど。──シドとはこれからもこの関係を続けていこうと思ってるけど、まあエッチ以上の関係にはならないけどね。だから別に彼女もつくっていんだよ。ただ、エッチは続けるよ」
怒りに満ち溢れながらも、僕は怒鳴りたい気持ちを抑えて冷静に考えてみた。中一という若さでこの快感を得られる奴はそうはいない。ユリナとこのまま関係を続けていれば確実にセックスだけでも楽しむことができる。僕はユリナの言う�狷�体だけ�瓩箸いΥ愀犬鮗�け入れることにした。──この選択が後々ヒトミを苦しめることになってしまうものとは考えてもいなかった。
「いいよ、それでも」
「あっ、ちょっと待って。期限がある。私が卒業するまでね。もし嫌ならこの関係は今日で終わりっ」
「あ〜わかったよ!いいよ何でも……ヤれれば!」
 この日からユリナとは生理や余程の用事がある時以外、発情期の獣のようにほぼ毎日体を重ねた。場所はトラックの荷台を始め、スクラップ工場の廃バスの中、校内の死角になる場所、体育館倉庫、駅構内のトイレなど、いろいろな場所を試した。さすがに駅のトイレはスリル満点だったけどその分興奮した。時には授業を抜け出して生徒不足で空室になっている教室で隠れながらヤッたりもした。
 夏休みと中体連が間近に迫ってきた時、僕は部活中の傷害事件によって部を強制退部させられた。事の発端は三年のユニホーム�爍記瓩鬚弔韻薪曚�僕の頭にボールを投げつけたことから始まった。こいつはセラダと仲がよかったらしく、それをいいことに誰よりも粋がっていた。理由は、僕が喋っていたというだけ。完全にキレてしまった僕はそいつの顔面にボールを思いっきり投げ返した。そしてボールは不恰好な鼻に、カツンッという音をたてながらヒットした。その後、倒れ込んだ時に胸の辺りを五、六発爪先で蹴った。周りで見ていた奴らがすぐに止めに入ったものの�爍記瓩鷲,魎挧弭�折に肋骨を三本折っていた。──ユリナとのセックスが家族にばれたのは丁度この直後だった。
 帰宅し、母親とカオリと三人で(親父は仕事の時間が不規則で帰宅するのが深夜ということが多かった。そのために平日の夕食は三人の時がほとんどだった)夕飯を食べていると、
「ちょっとシド、首筋が赤くなってるよ。ニキビ?虫刺され?」
とカオリが首筋に触れながら訊いてきた。すると、見せて、と母親が素早く僕の首を曲げて赤くなっている所を皮膚科の医師のように凝視した。そして、夕飯を食べ終えた母親は茶碗と箸を持って立ち上がり、食べ終わったら寝室に来い、と告げ出て行った。
 満腹感で破裂しそうな腹を抱えながら母親の待つ寝室へ向かった僕は、何故首筋の吹き出物くらいのことで呼び出すんだろう?と何度も考えていた。寝室に入ると母親はダブルベッドに腰を下ろし、何か考え込んでいるようだった。
「ごちそうさま。で、何だ?」
「おっ、来たな。座って」
両手で腹を擦りながら僕は母親の隣りに座った。そして座った途端、深刻な話をするように僕の顔をじっと見ながら母親は言った。
「シド、いつからやってんの?」
質問の意味が理解できない僕はただ、何を?と訊き返すしかなかった。
「何を?って、私に言わせるつもり!?まあ……いいけどさ。――いつからエッチしてんの?」
目撃者0、共犯者0のはずなのに何故よりによって母親にばれているんだ!と思った時には既に赤面、顔に出ていた。もう言い逃れはできないと思い僕はザンゲした。
「──六月の末くらい……かな。でも何で知ってんだよ?」
母親は微笑みながら僕の首筋の吹き出物を引っ張って言った。
「これだよ、これ。あんたこんなに堂々とキスマーク見せてたらわかるのに決まってるでしょ。バカね」
「キスマーク?」
?顔の僕に母親は目を大きく見開いて驚いたように言った。
「ちょっと待って!あんたキスマークも知らないでエッチしてたの!?勘弁してよぉ〜。基本だよ、キ・ホ・ン!カオリも高校生になったのに知らないみたいだけど」
僕は母親に言われるまでキスマークという言葉を本当に知らなかった。当然ユリナは知っててつけて、僕は何も知らずにつけられていた。そう思うとすごく恥ずかしかった。僕はセックスをする上でのほかの知識が全くなかった。ただ濡らして腰を振ればいいものだと思っていた。そして、自分の知識の乏しさとセックスがばれたことに落ち込んでいると、母親は小出しにいろいろと訊いてきた。
「ねえねえ、相手は?」
「バレー部のふたつ上の奴」
「女?」
「当たりめーだろ!!」
「そうだよね〜、ごめんごめん。一瞬、この子ひょっとしてって考えちゃった。で、名前は?」
「名前なんか聞いてどーすんだよ?」
「いいから、な・ま・え!」
「――ユリナ」
「ユリナかー、なんかエッチぽい名前だね」
「……!?」
「可愛いの?」
「まあ……校内じゃ一番かな」
「そうなんだ、いいじゃない」
「でも……彼女じゃねえよ」
「えっ、セックスフレンド!?」
「──そんなとこかな」
「生意気なガキ。まあ、ヤるな、とは言わないけど避妊だけは絶対にしなよ」
母親の顔がそれまでと違って真面目になっていた。
「ゴムなんて一〇〇〇円出せばお釣りが返ってくるんだから。たった一時の快感で地獄を見たくないでしょ?」
思わぬ言葉に、僕は目を大きく開いたまま頷いた。
「何でって思ったでしょ?──それよりもなんて親だ、か……」
母親は口元に微笑みを保ちながら続けた。
「常識的に考えて親だったら、ふざけたことやってんじゃねえって半殺しにするくらい怒んなくちゃいけないとこだけど、私はあえて言わない。──わかってるから。男と女がどんなことよりも抑えがきかないのは性欲だってことをね。頭じゃわかっていてもそれを食い止めるのはすごく大変なことで結果的に不可能だってことも。──したい時にすればいいんだよ。セックスに早いも遅いもない。早漏と遅漏はちょっと問題だけどね。繋がるっていうのは最高に気持ちいいけど、一歩間違えればどうしても傷つくのは相手の子で責められるのはあんただからね。生きた心地しないよ。まあ、セックスをする上で最低限のマナーっていうか、思いやりを持とうよって話。……オッケー?」
僕は小刻みに頷きながら静かに、はい、と答えた。──そして、とんでもない常識外れの母親を誇らしく思った。こんなにも子供の気持ちを理解して同じ視点で物事を見てくれる親はどこにもいないということ。同じカラーの人間を世界中探し回っても絶対にいないということ。それが誰でもない自分の母親だということを。 
「物わかりのいいガキだ。わかんなかったらぶん殴ってやろうかと思ったけど。それにしても早い初体験だね。この前小学校卒業したばっかりなのに。私だって中二の秋なんだよ。相手は──」
「誰も訊いてねえよ」
僕が話をきると母親はこの上ないブサイクな顔をして睨んできた。僕はそれを無視して、
「親父にはあんま余計なこと言うなよ」
そう言って部屋を出て行こうとベッドから立ち上がった。
「シノブならもう知ってるよ」
その場で立ったまま、何だって?という顔で母親を見下ろした。母親は上目遣いで僕を見ながら続けた。
「何かねえ、『最近あいつ顔つき変わったなあ』って言ってて。私はほら、例の話聞いたから少し大人になったんじゃないかなって思ってたんだけど、シノブは、『多分あいつはヤッた』って言ってたの。あれはヤッた男の顔つきだって。その時は、何バカなこと言ってんのって笑い流してたんだけど、今思うとあれって六月の中旬から七月の頭にかけて言ってたことだから、ほんと、丁度シドがヤッた時くらいなんだよね。すごいね、シノブの�猥�(せがれ)観察能力�瓩辰討笋弔蓮4郷瓦垢襪茵�
僕も一緒に感心した。
「で、初エッチはどうだった?」
「別に、どうってことねえよ……」
「またー、強がっちゃって。失敗しなかったのー?入ったけど三擦り半だったんじゃないのー?」
「気が済むまで言わせてやるよ」
 その夜、日づけが変わってから帰宅した親父に、�犂兒’塾呂砲脇�が下がるな�瓩塙陲欧拭0嫐�がわからないという疲れきった顔の親父にユリナとのことを告げた。親父は、
「やっぱりな。……ませガキ、避妊はしろよ」
と母親と同じことを言い僕の頭を微笑みながら軽く叩いた。
 ユリナとの関係が日を重ねるごとにマンネリ化し、飽きがきていた。あれほど気持ちいいセックスにも飽きというものが存在するということを知った。気分が乗らない時もヤッていたし、ジュニアが、ギブギブ!と嘆いているのをわかっていてもヤッていたからだろう。正直、いつでも関係を絶ってもいい、という気持ちもあった。ヒトミにもそれを強要されていることもあった。それでもユリナの卒業の時を考えるとそういうわけにはいかなかった。卒業と共に快楽が終わる――。それは十分に承知していた。だからこそユリナとのセックスはヤれる時にヤッておこう、とフィニッシュの度に思った。ヒトミの心よりもユリナの美貌をとった。
 そして卒業式前日。ユリナは進学をしないでしばらくふらふらする、とのことだった。この最後の日、セックスを終えた後に僕を抱きしめながらユリナの口から出た言葉は、忘れろ、と願う奴がいたとしてもわすれてはいけない、そう自分に言い聞かせている。それは彼女とのセックス以上に価値のあるものだと思っているからだ。
「もうさよならだね。──私、好きだったな、この細くて長い足。髪も伸びたね。それにしても何回くらいヤッたかなぁ?ヤりたくなくてもヤッてたもんね。でも……すっごく楽しかった。快感をありがと。最後に、私からちょっと言わせて。──ここで初めてエッチした時、私があんたに言ったこと覚えてる?」
「……つき合う気はないって言ったことか?」
「まあ、それもあったけど……そうじゃなくて。あんたはほかの人間が持つことができない空気を持ってるって話。──これからあんたがどういう生き方をするのか、私には見当もつかないけど……いい?凡人が歩いて行くようなレールになんて絶対に乗っちゃだめだよ。あんたには何か人とは違ったことができる才能があるんだから。そう思ってるのは私だけかもしれないけど……」
「それを本当にさがせることが、俺は才能だと思うけどな」
 卒業式当日、僕は式をすっぽかした。というよりも学校にすら行かなかった。ユリナを見たら悲しくなる、名残惜しくなる、ヤりたくなる、そんな理由ではない。
僕とユリナの関係はセックスが終わった時点で既に終わっていた。卒業式前日にもう終わっていたのだ。だから式には初めてセックスをしたあの日から出席する気はなかった。最後にセックスをした日からユリナとは一度も会っていない。何をしているのかもわからない。
 彼女の声、言葉、香り、唇、触れ合った肌の感触、そして過ごした日々はやがて年を重ねるごとに薄れていくだろう。けど、あの言葉だけはずっと心の奥で居座り続けるに違いない。 


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柊大地 [MAIL]

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