| 2006年02月16日(木) |
アカイヌクモリ ―――�検檻院宗宗� |
我が家の番人、金木犀が迎えてくれる玄関先についた時、先に上がってるからな、という仲間のうち誰かの声が僕の部屋の前辺りから聞こえてきた。僕は、ああ、と空返事をして玄関を開けた。いつもと変わらぬ風景。端に揃えられている何足かの靴、下駄箱上の花瓶から香りを放つヒナギク。 リビングに入ると、母親が好物のハーゲンダッツを食べながらテレビを見ていた。 「ただいま」 帰宅を告げると母親は驚いたようにハーゲンダッツを腕で覆い隠しながら言った。 「あげないよ!絶対にあげないからね!スプーン持ってきても無駄だよ!」 「いらねえよ」 リビングを出ようとする僕に、 「シドー、みんな来てるの?」 とアイスを口に運びながら訊いてきた。僕は、来てるけど、と答えてリビングのドアノブを掴んだ。 「悪い遊びするんじゃないぞ」 母親は微笑みながらそう言うとしばらく僕を見つめていた。その言葉に僕はあえて返事をしないで母親から視線を外し、無言のままリビングを出た。
部屋に入ると、そこはあの世のように真っ白だった。 「お前ら窓開けてから吸えよ。煙くてしょうがねえだろー」 二ヶ所の窓を開けている僕に、四人は目もくれずに煙を立てていた。ヘビースモーカーのリョーキは既に三本目に突入していた。 窓を開け終えて座り、愛しのラッキーストライクをくわえるとヒロトが、ごくろう、と火をつけてくれた。この日はいつもの他愛もない会話で時間が過ぎていくのとは違って、何故か話題がきれることがなかった。 「そういえば今日、実力テストの結果が返ってきただろ?お前ら二人はどうだった?」 二年が始まってすぐに行われた五教科の実力テストの結果をサジは秀才のシンジとリョーキに訊いた。 「俺、今回は五位」 シンジは三、四口しか吸っていない煙草を揉み消しながら言った。リョーキは、手の甲を見せながら無言で指を二本立てた。 「マジでー!?二位って総合点おいくつかしら!?」 サジが突っ込んだ。リョーキは静かに煙を吐きながら言った。 「四九七点。トップが満点だってよ」 「満点かー、すげえな。それよりお前らの二とか五って何だよ?俺なんて二のつく数字は通知表でしかとったことねえぞ。一年の終わりなんて体育以外、全部一だった。笑うしかなかったぜ。──聞くけど、何をどうすればそんな点とれんだよ?」 「教科書に書いてあること覚えりゃいいんだ。それだけだよ」 リョーキはあっさりと言った。 「簡単に言うけどよ……。じゃあさ、今からちょっとした勉強会しようぜ。基本的な問題出してくれよ、何でもいいから」 「そうだな、じゃあ数学っていうか算数の問題。三角形の面積を求める公式は?シドもヒロトも一緒に考えろよ」 僕とヒロトは、面倒くせー、と言いリョーキが講師となる�爐舛腓辰箸靴進拔�会�瓩了臆辰魑馮櫃靴拭� 「ちなみにお前ら今回の結果どうだったんだ?」 シンジもリョーキ講師の助手というような眼差しで僕ら三人を見た。 「俺はー、今回ビリ射程距離だけは逃れたぜ。一五九位。どうだ?」 自信に満ち溢れたようなサジに、シンジは溜息を吐いた。 「俺は一五三」 灰を落としながら僕は言った。 「悪いけど……これから俺はこいつらの方へいく。お前らバカ二人にはもうついていけねえ」 突然のヒロトの言葉に僕は、あ?と訊き返し、サジは笑顔の中で激怒した。 「テメー!何だその俺らをワンランクもツーランクも下に見てるみてえな言い方は!?」 「見てるみてえ……じゃねえよ。見てんだよ」 「どうせ口だけに決まってるぜ。順位は?」 「一三八。レベルの違いがわかったか?」 「何がレベルの違いだよ。所詮は三桁だろ、大して変わんねえよ。天狗になりてーならもっとお勉強しろ」 サジはそんなことを言いながらも内心ホッとしているようだった。 「一三八かー、がんばったなー今回は」 「数学が簡単だったからな。あれは、点をとって下さいって言ってるようなもんだ」 「ああ、確かに」 シンジとヒロトの話に全くついていけない僕とサジは苛立ちを覚え、リョーキ講師の質問に全問正解して、ヒロトを�爐�ゃふん!�瓩噺世錣擦茲Δ函∋鯵儼舛量明僂魑瓩瓩觚�式を懸命に考えた。 しばらくして、ハイハイ!とサジが手を上げた。リョーキは四本目の煙草をくわえながら、言え、と片手で合図した。 「えーっと、底辺×高さ÷2……?」 「素晴らしい、正解だ。まあ、このくらいは常識。次、シドも考えろよ」 「わーったよ!」 「台形の面積を求める公式は?」 「(上底)+(下底)×高さ÷2」 僕は直感で答えた。 「早いな、知ってたのか?」 「バカにすんな。次」 「シド、ちょっと見直したぜ。俺はてっきり公式って意味すら知らねえと思ってた」 サジは僕の逆立てた髪を潰すように撫でた。 「お前はさ、俺より頭わりーのによくそんなこと言えるな……」 「……醜い争いだ。つくづく一緒にいることが恥ずかしい」 僕とサジはヒロトの毒に、チビは黙れ、と言って次の問題を待った。シンジは楽しそうに帰りに買ったファンタを飲み干した。 「これはちょっと難問だ。三角錐の体積」 「ヒロトわかった?」 シンジが空になった缶の縁を片手で潰しながら訊いた。 「余裕だな。ただ、二人の将来を思うとここで答えるわけにはいかねえから。譲る」 「お前ほんと嫌なヤローだな。まあ、いいか。シド、悪いけど答えるぞ。正解は、直径×3・14÷高さだ」 サジは大声で、しかも自信満々で答えた。でも、間違っているのは僕にもわかった。 「サジ、どう考えればそういう公式が出てくるんだ?どこで教わった?」 「え、違うのか?」 「底面×高さ×1/3、だ。バカノッポ」 「チビ、物知りだな。今回は譲ってやる。シドー、マユミさんは?」 「リビングでアイス食ってるよ」 「じゃあ、俺とアイスしませんかって誘っちゃおうかな?ちょっと話してくる。お前ら邪魔すんなよ」 サジは足早にリビングへ向かった。シンジは出て行くサジを目で追いながら僕に訊いてきた。 「マユミさんて今何歳だっけ?」 「俺を産んだのが二十歳の時だから……今年で三四だな」 「若いよな。全然そんな年には見えねえよ」 シンジは不思議そうに頷きながら言った。 四人は僕の家庭事情を知っていた。親父から話を聞いて、言おうか言わないか迷ったけど、四人とは友情を超えるものがあったから話したいという気になった。熱弁した記憶があるけど四人は、別にいいじゃん。今さら何がどうなるわけでもねえだろ、と声を揃えながら予想外の返事を返してきた。 サジは僕の家に寄ると必ず母親に顔を出した。冗談なのか、本当のとこはわからないけど、仮にも僕の母親である�爛泪罐澂瓩帽�れていた。不倫してー、一発ヤリてー、という言葉は毎日のように聞いていた。当の母親はサジのことを、あいつは可愛い奴だね、と一言で片づけていた。それと、仲間の中で母親に唯一サジだけが呼び捨てにされていた。サジはそれだけで十分満足そうに見えた。 部屋を出て二十分近く経って、サジが笑顔というより泥酔したようにフラつきながら戻ってきた。 「何かいいことあったか?」 シンジが訊くと、 「これからマユミって呼んでもいいですか、って訊いたら、いいわよ、だって。それとアイス食わせてもらった。間接キスだ。アイスよりも甘いマユミの味がした。脈ありかも。──シド、近親相姦とか変な気起こすんじゃねえぞ」 サジは仁王立ちで勝ち誇ったように言った。僕は、どんな気だバカ!と返して深入りをせずに次の話題をつくることに精を出した。 「そういえば、宿泊訓練がそろそろあるけど、お前ら行くのか?」 六月中旬に控えている二泊三日による高原学校での宿泊訓練の話題をシンジが出した。 「行かねえ。時間の無駄」 リョーキとヒロトが声を合わせて言った。 「俺は、行かなきゃヒトミに怒られるから、多分行くと思う」 「何が怒られるからだ。ゲロくせーこと言ってんじゃねえよ」 サジが絡んできた。 「そういうお前はどうなんだよ。行くのか?」 「高原学校なんて、かったるいことに時間をかけてる暇はねえな。二泊三日だろ?アヤの部屋でパラダイスな時を過ごすよ、俺は」 アヤとは、サジの人生で記念すべき初めての女だった。 彼氏であるサジ以外の僕ら四人は、そのアヤという女とは面識がなかったけど、話だけは聞いていた。アヤはみっつ年上のキャバクラ嬢でこの月の上旬、サジが一人夜の風俗街をぶらぶら歩いているところを客引きとして声をかけてきたらしい。そして、サジを見るなり一目惚れしてしまったアヤは、サジが中学生だとも知らずに仕事を早退して、一人暮らしの部屋に上げ、サジをその夜にご馳走になって、つき合うことになった、という流れだ。セックスが終わった後にサジが中学生だと知ったアヤは、しばらく放心状態に陥っていたらしい。サジを自分と同じ年だと思い込んでいた、何ともバカな女だ。僕らはサジの前では言わなかったものの、ろくでもねえアバズレだ、と面識のないアヤを大批判していた。それでも僕は、アヤの話が出る度に不思議な気持ちになった。気づくといつも母親とアヤ、親父とサジを重ねていた。四人は立場が逆なだけで同じ出会い方をしていたからだ。別に大したことでもないけどサジは、これは偶然じゃねえな。俺とマユミさんが繋がるまでのシナリオだ、とバカな期待感を持っていた。 「やっぱお前も最後は女かよ。ゲロくせーのはお互い様だな」 僕はパーマで傷んでいるサジの髪を引っ張った。 「イテテ……!一緒にすんじゃねえ。お前のは、行かないと、だろ?俺のは、行くと、なんだよ。『サジはアヤを一人残して行っちゃうの?サジってそういう冷たい男なの?アヤ泣くからね……』。そんなこと言われちゃったらよー、これ行くわけにはいかないっしょ。おわかりかな?」 「虚弱体質みてーなノッポもキャバクラ嬢も、揃って精神病院に行った方がいいんじゃねえのか?」 ヒロトがまた毒を吐いた。絡んでいくと思ったサジは、ヒロトを無視して煙草に火をつけた。 「──じゃあ、行くのはシドと俺だけか……。まあでも、向こうに行ったら二人で楽しもうな」 シンジは三人が行かないことで、少し寂しそうだった。 「いや、お前と楽しむつもりはないよ。俺はヒトミと最高の思い出を作るから。悪いけど邪魔しないでね。シンジくん……」 「裏切りかテメー?もう武道教えてあげねえぞ」 「じゃあ、早く女作れ。モテるんだからよ」 僕はシンジの目を見て半笑いで言った。 「いいよ……俺のことは別に」 シンジは自分の恋愛の話や、女のことを自ら進んで話すタイプではなかった。僕やサジが追及しても赤面しながら上手く逃れていた。この時も既に赤面していた。僕の言った、モテるんだから、という言葉がカウンターパンチのように効いていたのだろう。 「そんなことよりシド、お前ヒトミをもうちょっと�猗狃��瓩辰討いμ椶埜�てやった方がいいんじゃねえのか?」 シンジが得意の話題変えをした。わかっていたけど僕はあえて黙っていた。 「何だよ、それ?」 「こいつ、移動教室の時とかヒトミの手を握って歩いてるんだぜ。ヒトミは呆れながら俺に言ってきたよ。サジをどうにかしてほしいって。お前に言っても全然とり合ってくれないって寂しそうだったぜ」 「そんなの毎日のように言われてるよ。でも、相手はサジだぜ。こんな奴のために嫉妬してどうする?」 「でもよ──」 「心配すんな、所詮はサジ。悪いな、いろいろ間入ってもらっちゃって」 当のサジは、自分とは無関係だと言わんばかりの顔で僕とシンジを交互に見ていた。 ヒトミとサジのことで心配することは何ひとつなかった。サジは僕の親友だ。僕を裏切るようなことは絶対にしない、という信頼があった。ヒトミも、どうにかしてよ、とは言っていたものの、それほど嫌気ではなかった。どちらかというと、やきもちを妬いてほしい、と言っているような感じだった。だから僕はサジのすることに対しては無関心でいることを貫くことにしていた。些細なことでヒトミともサジとも関係が悪くなるようなことはしたくなかった。それとヒトミに�狄�じている�瓩箸いΔ海箸魎兇犬討曚靴�った。今思えばあの時、ヒトミに嫉妬で狂ったようにしていたらどうだったか?と考え込むことがある。どうなっていただろう?ヒトミは僕の嫉妬に、私はこんなにも愛されているんだ、と思い力いっぱいに抱きしめてくれただろうか? そうは思わないけど……。
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