| 2006年02月24日(金) |
アカイヌクモリ ―――�后檻押宗� |
「──ものすごい叫び声で目が覚めたら、シノブが起き上がって勝手口の方に走って行ったの。私も、ちょっと只事じゃないなって思いながら足下覚束ない状態でシノブを追いかけた。そしたらあいつ……シドの名前大声で叫んで──。まさかと思って駆け足で傍まで行ったら、白目で口開いて動かないシドが倒れてたの……。シノブに、救急車!って怒鳴りつけられたけど、正直……私はあの時、シドはもう死んじゃうんだって思った──。でもね……不思議なのは実感がなさすぎたっていうのもあると思うけど、泣けなかったの。多分、目に映ったあまりにも現実離れしている光景から逃げたいっていう気持ちが強かったんだね……」 �爬;〜漢海舛欧┐茵2兇呂△了�、半分以上意識なかったけど……それでも親父に、久しぶりだな。何か、話そうぜって、確かにそう言ったんだぜ。聞こえてなかったかもしれねえけど、白目で口開けてただ?夢の続きでも見てたんじゃねえのか?まあ、いいや。続けろよ�� 僕は自分が頭で見ていた�爐△了��瓩離咼献腑鵑函∧貎討量椶�ら見た�爐△了��瓩遼佑�あまりにも食い違っていたせいで、抱いていた恐怖感は批判的な怒りに変わった。それでも最早、僕には母親の言っていることを頭ごなしに否定する以外、何も残っていなかった。 「一一九に電話してすぐ救急車は来たけど、救命士の人はシドをその場で少し診てから、『大変危険な状態です!直ちに病院の方へ!それから、警察も呼んでください』って、顔を強張らせながら言ってた。その時改めて、シドは本当にヤバイんだなって気持ちになったんだ。救急車にはシノブとカオリが同乗して……。私も抱きしめて放したくないってくらいシドの傍にいたかったけど、警察が事情聴取に来るからって……已むを得ず……。それから警察の現場検証でわかったことは、シドをやったのはピッキング師だってこと。あの時近所で連続して空巣があったでしょ、だから犯人は同一って可能性が高いってこと。勝手口の鍵穴にはピッキングされた傷跡みたいなものが微かに残っていたわ。──シドはそいつを……とり押さえようとして──。バカ!放っておけばよかったのに──」 母親は、僕の膝に額を押し当て動かしながら�爛丱��瓩鯱�発した。声は微かに震えながらも太く、それは大自然の草原の中で我が子を見失った母親ライオンを思わせた。……そんな�爛丱��瓩蓮∧貎討力辰鯤垢い討い襪Δ舛法�空白になってる過去の自分のことが気になる気持ちから、耳を塞ぎたいという気持ちだけに変わった。母親が全てを話しきっていないということは明らかだったけど、今、言葉に詰まっている状態ならもうこれ以上話してほしくない、話さないでくれ、という心境だった。けど……思いは当然通じることなく、しばらくして顔を上げた母親は僕のふたつの目に入り込むような上目遣いをしながら続けた。 「警察が帰ったのは朝の八時過ぎで、私も即行病院に向かった。シノブとカオリの二人と合流した時、あんたはまだ検査中だった……。私にシノブが最初に言った言葉は、『ちょっと前に看護婦が来て……シドは重体だって……。覚悟はしておいてくれって、そう言われた……』。いきなりだよ……。ついてすぐだよ……。覚悟も何もできないよ!って言いたかったけど……声も出なかった。二人共目を真っ赤にしながら涙流して……。カオリなんて酸欠になりそうなくらいだったけど、私を見たらもっと泣き出しちゃって……。あの子を抱きしめながらも、その時私の目には生意気言ってた時のシドの顔しか見えてなかった。なんとかシドを助けてくださいって、ろくに神も信じてないくせに……あの時はただそう祈ってたわ。──それから何時間か経って、私たち三人は個室へ通された。そこで担当した先生から聞かされたことは、シドは意識不明でいつ目を覚ますのかわからないってことと、いつ心臓が停まってもおかしくない状態だってこと。──私はもう、ショックで失神しそうだった。それでもね……シドはまだ息をしてる、生きてるってことがなんとか支えになってくれてたの。──しばらく室内は沈黙状態になってて、誰も口を開こうとはしなかった。でもそのうち、先生がすごい困惑した顔をして言ってきたの、『とても言い難いことなんですが……』って。その表情を見たら、まだシドのことで何か言い残してることがあるっていうのはすぐわかったわ。何ですか?って訊いたら、その後耐えきれないことを私たちは聞かされたわ。シドの脳を写したレントゲン写真を指されながら……。『シドくんがここに運ばれてすぐに、私はCTで彼の脳を診ました。頭部に三ヶ所、殴られたことでの打撲による痣があったのですが、それ以外に出血のような傷は全く見当たらなかったのです。原因は、殴られた衝撃によって脳挫傷を起こしたものだと考えていたのですが……。結果は、信じ難かったのですが異常なしだったんです。何度も自分の目を疑いました。そんなはずはないと思い、その後今度はMRIというCTよりもっと精密なもので診ました。それでも──結果は同じでした。正直、MRIで異常が見つからないということはないんです。ないというか、有り得ないことなんです。それでもこれから原因を明確にするために私は検査を続けていきます。それと──これは私の推測ですが、殴られた三発のうち一発が致命傷になったのだと考えています。ご家族の皆様も突然の事態で辛いことだと思いますが、原因がわかるまでもう少し私に時間をください。それと、できる限りシドくんの傍にいてあげてください』。──もう私たち三人は頭を抱えてしばらく動けなかった……。犯人逮捕も大切だったけど、まずはシドの症状を知ることが先決だったから。それすらも聞けないなんて……本当に最悪だった──。それから何日も検査は続いて、私たち三人は先生の言う通り、できるだけシドの傍にいたわ。シノブなんか……滅多に使わなかった有給を使えるだけ使ったりして──。私も一日のほとんどを病院で過ごしたわ。でも何より驚いたのはカオリ。多分、一、二週間はずっとシドの隣りにいて全然寝てなかったと思うよ。学校もずっと休んでたし。顔色も悪くてね……私は心配で、あんたが身体壊したらどうすんのって言ったの。そしたらあの子……、シドじゃなくて私だったらよかったのにって。私はお母さんとお父さんの子じゃないからって。それ言われた時、頭の中が真っ白になって思わずシドの容態のことも忘れて──手が出ちゃったの……。カオリを産んだ時、絶対に子供には手を挙げないって、そう決めてたのに……。殴った後、すごい後悔した。その代わりって言うわけじゃないけど、すごく頭にくる言葉だった。私が親として一番聞きたくない言葉だったかもしれない。カオリはすぐに抱きついて謝ってきたけど……。でもね、何て言うのかな、うん……、私とカオリの間がいくら修復されてもそれがシドの身体にいい影響を与えることはなかったんだ。──あの日から当然だけど警察がシドの容態を頻繁に見に来るようになってね。現場検証の調べでシドがどんな状況で揉み合いになって、どんな風にやられたのかを推定だったけど知らされたわ。想像しただけでも全身の震えが止まらなかった……。やるせなくて、すごく悔しかったけどその反面、私には警察が捜査に対してとろいっていうか、いい加減に思えて仕方なかった。犯人逮捕のためには裏づけが大切だって言ってるけど、実際やってることはいつも同じことの繰り返しで展開がない……。パトロールは一応してるみたいだけどただ回ってるだけ。素人が犯人逮捕をできるのかって訊かれたら何も言えないけど、不満は腐るほどあった。でも、シドのことを思うとやたらな口は開けなかった。……それであの日から二ヶ月が過ぎた頃かな。シドはなんとか危険な状態を抜け出して命をとり止めて、その後間もなく──検査結果が出たの。それが結果だっていうことを私は認めてないけど……。医者の診断は、原因不明の全身麻痺──」 血の気が引いた。そんな感覚すらなかったけど──。夢の中にいるようだった。気づいた時には目覚めている夢の中で聞かされているような……。母親の話に聞く耳を持とうとしていなかった僕は、金縛りのために動かないと信じていた体を……指の先を、恐る恐る動かしてみた。ゆっくり、ゆっくり……。 動かない──。今度は腕を……肩を……背中を……首を──!動かない。動くはずがない。僕は�狒歓繁竅祗瓩覆里世�ら……。でも、これは舞台劇。僕はその主役。この全身麻痺という役が終われば、体を動かすことのない退屈な芝居から開放される。──僕は現実逃避というより……完全に狂っていた。狂わなければいられなかった。もがきたくてももがけない。叫びたくても叫べない。恐怖心で泣きたくても涙さえ出てきてくれない。この辛さがわかるだろうか?僕の行動全てを……存在すらも否定されてしまうようなこの絶望感を──。 「先生もお手上げ状態だった。おまけに可能性はほとんど残ってないけど、動けるようになるまでずっと病院のベッドで過ごすことになるって──。シノブもカオリも口を揃えてそれが妥当だって言った。シドの身体を考えたらそれがベストだって。でも、私は断固として反対した。だってそうでしょ……?死ぬほど痛い思いして産んだ大切な子を、やすやすと病院のベッドなんかにずっと寝かせておける?私にはそんなことできなかった。どうにかシドを家に戻れるようにしたかったの。──そこで考えついたのが自宅療養。出張介護もなし。それまで通り家族四人で生活する。シノブとカオリが賛成しなくても、私はひとりで看ていくつもりでいた。当然先生には、無理です。一〇〇パーセント不可能ですって言われたけど、私は一歩も引かなかった。シドを連れて帰りたかった──。何日も何日も交渉っていうより格闘を続けて、呆れちゃったんだね……。シラギっていう中年のオッサンなんだけど、検討してみますって、渋々だったけどそう言ってくれたの。私は嬉しかったけど、実際そうなってみるとやっぱり不安だった。言ってみたもののシドは本当に大丈夫なのかって。私に何ができるのかなって。──何日か経って、信じられなかったけど、自宅療養の許可が下りたの。ただし、シラギの独断、それと条件つきで。自宅療養をするなら病院とのかかわりを一切なくすこと。彼が独断で決めたことだから、もし病院側にばれたらシラギは懲戒免職だけじゃ済まないわ。私も共犯罪でシドの介護どころじゃなくなるし。──それから毎日、シドの生命維持になる点滴から自宅療養をするために必要な知識と技術をシラギから教わったわ。シノブとカオリも一緒に──。過酷で何度も病院にいた方がいいんんじゃないかって思ったけど、八月の下旬にシラギから、『くれぐれもシドくんの負担になることは避けてください。点滴は私が直接業者から卸してお渡しします。それと、彼の定期健診は必ず受けてください。病院の方は私が手配しますので』って。それは自宅療養をスタートさせてもいいっていう言葉だった。その時にね、シラギがどうして不可能なはずだった自宅療養にオッケーを出したのかを話してくれたの。やっぱりシドの身体は原因不明だけあって医学上でも首を傾(かし)げることだらけなんだって。まず、本来目を開いていても視線は鼻の先を見ているのが大半なんだけど、シドは真っ直ぐ前を見ていること。それとシラギが許可を出した最大の決め手。これが不能だったら間違いなく許可は下ろさなかったって言ってた。それは、排泄器官が生きてたこと。つまり、シドは医療機器なしでも排泄ができるの。全身麻痺でこの器官が機能してることはまずないらしいの、当然よね。これは本当に奇跡だって驚いてた。──それから九月六日に最後の検査を受けて、やっと七日にここへ戻ってきたの。帰ってきて、シドに私の声が聞こえているのかなんてわからないけど、とりあえず一ヶ月間は毎日このことを必ず目を開けている今の時間帯に話そうと思ってる。大丈夫だよね、しっかり聞こえてるよね?信じてるから……。あっ、あとサジたち四人とヒトミちゃん、学校には病院に運ばれたその日に連絡しておいたから……。最後に、こんなことに──こんな身体になっちゃったけど、こういう状態だからこそ今まで以上に懸命に生きてほしいの。ふざけんなこのヤローって返されるかもしれないけど、シドがどれだけ友達から、彼女から、家族から愛されているのかを知ってほしいの──。わかって……。悲しくて、やるせなくて、心も体もズタズタだけど私は泣かない。だって一日のうちでシドと一緒にいる時間が一番長いのは私で、そんな私が泣いてばっかりいたらシド嫌気がさすでしょ。──じゃあ、私はすぐそこにいるから、安心してゆっくり休みな」 �燹帖弔佞兇韻鵑福2燭�ゆっくり休めだよ……。殺せよ──!何で全身麻痺って知った時点で殺さなかった!何の意味があって生かしてんだよ!わけわかんねえよ!自宅療養だ?一ヶ月間も毎日こんな話を聞かせるつもりか!?勝手なこと言ってんじゃねえよ!──畜生……!何で動かねえ……クソ!点滴が命繋いでんだろ!?だったら今すぐ抜け!聞いてんのかよ?マ……マユミ──!�� 「えっ?」 母親は後ろから肩を叩かれたように振り返った。何故?僕と母親はテレパシーで通じ合えるような特別な感覚は持っていない。僕は発狂している傍ら、どうして?と疑問を抱いていた。振り返った状態でしばらく僕に珍しいものを見るような視線を送っていた母親は、そうだ、と身を乗り出すように壁際へ向かい何かを両腕で抱えながら再び歩み寄ってきた。そして、僕の三メートルくらい前で抱えていたものを自分の全体重を預けるように置いた。──それは全身鏡だった。母親は僕の姿が映らないようにして鏡の前に立ちながら言った。 「ごめんね……。すごく辛いと思うけど、話だけじゃなくて今、自分がどういう状態なのかってことを見て、それで現実をしっかり受け止めてほしいの。私自身これをするべきかどうか本当に悩んだ。自分がシドの立場だったらどのくらい辛いかってことも──。それでもシドがこれから生きていくためにはしっかり現実を見なきゃいけないって、避けちゃいけないことだなって思ったの……」 �猴蠅爐�らもうやめてくれ……。頼むからそこをどかないでくれ……�� 僕はもう発狂することも叫ぶこともできなかった。それほど�犹僂鮓�る�甅犖充造鮗�け止める�瓩箸いΔ海箸亘佑虜欧鮓造蠅覆�軟弱にし、生きることへの喪失感を強めるということだった。 そして──母親は俯きながら鏡の前から退いた。僕が母親の名前を心の中で叫び、母親が振り返ったのは残念ながらというより、当然テレパシーではなかった。わかっていてもこの時の僕は、そうであってほしいというまるで、疑うことなく全てを信じてしまう幼児のように期待感が薄れることがなかった。母親が退く動きに合わせて、鏡に映る僕の姿がコマ送りのようにゆっくりと見えてきた。そこに映った�爛轡畢瓩箸いγ砲般椶�合った瞬間──僕は全てを失ってしまったことを実感した。ロッキングチェアに座る�爛轡畢瓩亘佑�映ることを拒否しているかのようだった。頬骨がくっきりとわかるまでに衰弱し、Tシャツの袖から露出している腕も、痩せた?と一言で片づけることはできない細さだった。鎖骨の辺りからは半透明の管が見えた。また、ジーンズは、サイズ違いを穿いているような感じだった。無表情のまま僕を見つめ、動かない鏡の中のシド。決してそれが自分自身とは──現実だとは何があっても認めたくなかった。そのシドの隣りでパートナーを気どるように立っている点滴スタンド。僕にはそれがやたらと憎たらしく見えた。 �爛謄瓠爾気┐い覆韻譴于兇蓮帖帖��� 点滴スタンドを睨んでも、鏡に映る目は表情がなく、ただ遠くを見ているだけだ──。 「……ねえシド、私の選択は間違ってたかな……。こんなこと、するべきことじゃなかったかな……」 鏡に再び映る母親は、点滴スタンドから垂れ下がっている管を手にとり、僕の口から流れるよだれをティッシュで拭きとりながら独り言のように呟いた。その後すぐ、今度は鏡に映る�爛轡畢瓩妨�かって言った。 「九月六日の検診の結果はね……まあ、いろいろ測定したんだけど、とりあえず身長と体重だけ知らせておくよ。その前にまず、五月三十日の測定から。身長一七七センチ、体重五七キロ。それで六日の測定──。身長は同じで、体重……四八キロ──。三ヶ月以上ずっと寝っぱなしだったし、筋肉も使ってないから……」 僕にとって体重が九キロ減ったことなんてどうでもよかった。それは何十キロ減ろうと変わらないことで、重大且つ深刻なのは一分一秒ですら永遠に感じてしまう時間(余生)を一体どう過ごしていけばいいのか。二四時間という恐ろしく永い一日を自分は終えることができるのか、できたとしても精神状態はボロボロだろう。それが繰り返し果てしなく続く。考えただけで発狂を超える発作が起こりそうだった。死なせてほしい……。歩くことも、喋ることも、食べることも、意識しないでしていた何気ない仕草も……そうなったことに反論することさえも許されない──。そんなのは死んでいるのと同じだ。だから死にたい。僕を知っている奴でも、面識のない奴でも構わない。誰でもいい。 �犹Δ靴討�れ……�� この日僕は一日中、生きることを拒否する言葉を吐き続けた。伝わらないということはわかっていたけど……。そんな中、母親が新たに僕へ伝えたことがあった。それは僕が僕自身のことを知る以上に大切なことだったかもしれない。 意識不明という突然の事態を、母親の連絡によって知らされた四人は即病院に駆けつけた。それでも僕の立場を最優先に考えた家族は、哀れな姿を見せたくないという理由で面会を無期限に拒否したという。 それからヒトミ。あいつは連絡があったその日から二十日以上、ショックで寝込み学校を休んでいたらしい。そして、周りからの訪問を全て拒否していたという。あの親友リョウコですら……。 ヒトミと仲間のことを聞かされた時、微かながら気持ちに揺らぎがあった。みんなの僕を思う気持ちを受け止め、生きようと前向きになるべきなのか──。けど僕は、その揺らぎをスクラップになるまで叩き潰した。仲間やヒトミが僕をどう思い、どう行動をとったのかなんて自分にはもう関係のないことだ。仮に僕がその気持ちを受け止め、それに答えようと熱い想いを送ったとしても届くことはない。サジ、シンジ、リョーキ、ヒロト、そしてヒトミ。四人と築き上げてきた友情・信頼も、ヒトミと積み重ねてきた愛情も、突如として僕に宿った�犖彊�不明の全身麻痺�瓩�根こそぎ破壊していった──。
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