柊小説

2006年03月08日(水) アカイヌクモリ  ―――�察檻院宗�

 ヒトミが去ってからの一週間は気持ちが異様なほど晴れ晴れしていた。変わり果てた僕の姿を目の当たりにしても、好きだと言ってくれた。これからも一緒にいられる。苦痛で嫌気がさすような生活だけど、あいつの顔を見られるのなら──なんとかやっていける。
それでも、一週間、二週間が過ぎても僕の前には現われない。どうして──?
あの突然のキスと、�爐泙人茲襪�ら。だからがんばろうね……�瓠△修Ω世辰燭△慮斥佞砲蓮△曚�に何か別の意味が込められていたのか?……別れ。もしかしたらヒトミはそれを伝えに来たのかもしれない。だとしたらあのキスは?わからない……。本当に終わってしまったのか。もう二度と会うことはできないのか。僕にはもうヒトミを諦める選択肢しか残っていないのか。そう思えば思うほど気持ちは不安一色に変わり、やがてそれは悲しみと怒りに形を変えていく。裏切られたという気持ちと、どうすることもできない自分への怒り──。そんなヒトミへの不信感が募り始めていた頃、僕の前進しない憂鬱な気持ちとは対照的に周囲ではそれなりにいろいろなことが起こっていた。──ひとつは僕の命を左右させることだったけど。
 ある休日の夕暮れ時だった。突然、散歩してくる、と親父はマイナス気温に近い風が吹き荒れる外へ僕を連れ出した。夕食に遅れないように帰ってきてよ、という母親の声に返事もせずに。──明らかに親父はいつもと違っていた。気力というか、目に力が入ってなかったし、足どりものんびりというよりただ当てもなく放浪しているようだった。口から出る言葉も、風が強い、寒い、のどちらかで、楽しい散歩とはほど遠いものがあった。
 相変らず、行き交う人や車の中の人は僕を物珍しそうに見ていた。もうほとんどの車が窓を閉めきっていて、暖房をつけなくては過ごせない季節に入っていることを改めて感じた。そんな寒さ知らずの贅沢者はこう思うに違いない。�爐海鵑淵�ソ寒い日にも外の空気を吸わせなきゃいけないのか。押してる男もいい迷惑だろうな�瓠�
 ふと気づくと、見たこともない道を進んでいた。時間も結構経っていただろう。民家は途絶え、デコボコの砂利道の上には落ち葉の絨毯が敷かれ、僕の視界は進む度に上下に揺れた。そして、徐々に狭まっていくその道を更に進むと急な坂道が待っていた。親父は何の躊躇もなしにその坂をグイグイ登り、林道化していく道も無言で進み続けた。息を荒げながら──。
�爐�い、何考えてんだよ。どこまで行く気だ?��
僕がそう問い質した時には、太陽は完全に沈み真っ暗になっていた。
枝やツルが行く手を阻む、人一人がやっと通れるような道というか、木々の間を抜けきった時、ようやく親父が足を止めた。
「……ここは、隣町との境界だ。廃れてるだろ?」
廃れてる──。そんな言葉では済まない所だ。背の高い木々によって太陽が出ていたとしても多分真夜中と変わらず、乱暴に生い茂った草、足の踏み場もないほど散らばった枯れ木、ゴミ、無造作に置き捨てられ錆びついた看板や標識。薄気味悪くて、この世の果てのように僕には映った。とても僕の住んでいる市の中にあるとは思えなかった。
 親父は僕の前で大木に凭れながら煙草をくわえ、何か考え込んでいるようだった。そもそも、どうして親父はこんな所へ僕を連れてきたのか、そんな疑問と多少の恐怖感を抱き始めた時、言葉を詰まらせながら親父は言った。
「シド、ここにお前を置いてってもいいか?俺な……もう、辛いんだ。あいつが──マユミが過剰のストレスの中で無理して平気な顔をして、裏でやつれてる姿を見るのが……。いつも隣で眠ってるあいつを見て、狂っちゃわねえかとか、過労死しちゃんじゃねえかって。そう思うと──」
�犇犬辰討鵑里録読磴世蹇�なすりつけるみてえなだせえ言いわけすんな。けど、俺も母親のことは心配なんだ。──わかった、行けよ��
この時期、この場所なら三日あれば確実に逝けるだろう。点滴も一袋じゃそうは持たない。これから懸命に生きていこう、と思ったけどこんな身体だし、周りのことを考えるとそれがいいのかもしれない。僕は何故か潔かった。親父もそれを読みとったのか、息を飲むように後退りし、闇に紛れながらどんどん姿を小さくさせていった。
 それから二、三分後、親父は正気をとり戻し、とんでもないことをしたという表情をしてダッシュで戻ってきた。
「ごめんな!ごめんなシド──!」
そう早口に何度も頭を下げた。こうして死を少し覚悟した僕の二、三分のちょっとした冒険は終わった。
�猖萋�ストレスの中で生きてるからな。狂って殺意が芽生えるのも無理はねえよ。まあ……気にすんな��
 帰宅したのは二三時過ぎ。心配した面持ちで出迎えた母親に、親父は自分の仕出かしたことを話した。もちろん誰のせいでもなく、全て自分が悪いということを強調して──。
黙って話を聞き終えた母親は無表情で、
「今後一切、そういう必要のない気遣いはしないように。うざったいから……」
と呆れたように言い放った後、鉄拳制裁によって親父に全治十日に及ぶケガを負わせた。

 ほかには、サジが誘われるがままに身を委ねた女からカンジダ症をもらったり、学校ではつけ上がっていた一部の連中を、いつもなら無関心なはずのリョーキが病院送りにしてしまったりと、いろいろあった。
そしてもうひとつ大きな出来事といえば、赤面症のシンジが自らリョウコに告白したことだった。
 初雪が降ろうかというクリスマス間近、一人で訪れたシンジは浮かない表情で僕に、リョウコが好きだと告げた。正確にはあのドライブの日を境にリョウコを意識し始め、惹かれてしまったということだ。それでも、ヒトミにつきっきりのリョウコの姿を見ると躊躇してしまう、というなかなか一歩が踏み出せなかったシンジだったけど、この時盗み聞きをしていた母親の、�爛螢腑Ε海舛磴鵑鮖戮┐討△欧蕕譴襪里魯轡鵑舛磴鵑世韻覆鵑世茘瓠△魴茲畭羯譴箸垢覿�制的な説得でふっきれたというか、うまく乗せられてしまい、結果三日後にリョウコと共に僕の前に恋人同士という形で現われた。また母親の言葉は、シンジがあの事件のショックから完全に立ち直るきっかけにもなった。

 シンジに寄り添うように俯きながら、およそ七ヶ月ぶりに見るリョウコはショートだった髪が肩についていて、以前とは見違えたように女っぽく、大人っぽくなっていた。そして、向かい合うように座る僕を自分の知る男だと認めたくないのか、
「シド……?」
そう何度も呼びかけた。シンジは後退りそうな彼女の背中をゆっくりと押しながら僕との距離を縮めさせた。怯えるようなリョウコの目と、魂の抜けきったような僕の目が重なった瞬間、両手で口元を押さえて腰を抜かしたようにリョウコは泣いた。そして、足下が覚束ず崩れそうになった時、シンジはしっかり左腕でリョウコを支えながら言った。
「下なんて向くな。辛いかもしれないけど……ちゃんと見てやれ」
 彼氏の腕から離れたリョウコは、しばらく床に座り込んで泣き続けた。その間、僕に目を向けてくれることもなかった……。けど、シンジが四、五本目の煙草に火をつける頃になると嗚咽もやみ、座り込んだまま僕の目をしっかり見つめ、あの事件から自分はどういう気持ちを抱いたか。それによって自分はどう変わったかなど、少し自らのことを話して気持ちを落ちつかせた後、僕の一番気になっていたヒトミのことを話し始めた。
「──正直、シドが求めてるほど話せないかもしれない。元気は元気だよ。ちゃんと学校に来て、授業も受けて、給食も食べてるから。周りの子たちとも喋れるようになってきてるし。でもね、シドのことをこっちから持ちかけることが未だにできないの……。いけないってわけじゃないんだよ。ただ……そうしたことでヒトミがまたおかしくなっちゃうのが恐いの──。だからそれだけはわかって。……あっ、そういえば、へへ、来たんでしょ?これはヒトミから話してくれたんだよ。で、どうだったの?ヒトミとのキスは──。やっぱそれまでしてたキスとは一味違かった?」
その時のことを思い出していた。けどそれをすぐに打ち消した。あれから一ヶ月以上が経ったこの時には切ないという感情しか抱けず、それによって生まれる悲しさ、不信感に耐えられる自信が僕にはなかった。
「──すごく嬉しかったって、そう言ってた。でも、恐いって……。頭がパンクしそうになるって……。今でもね、時々泣きながらシドの名前を繰り返して抱きついてくるんだよ……。ヒトミはシドのこと大好きなのに、どうしてここに来れないのか、私は本人じゃないから心の中まではわからないけど、絶対に来るから──。ただ今は、躊躇しているだけ……。だから信じてあげて、彼女のこと。──シドなら大丈夫だよね。ヒトミの気持ち、わかってあげられるよね。私も、あの子を傷つけないようにしながらがんばってみる。だから、シドも負けちゃだめだよ──」
リョウコの言葉に嘘はないにしても、僕はヒトミを信じて待つべきなのか、それとも別れたんだと自分に言い聞かせ、振り返ることをやめて生きていくべきなのか、わからなかった。現実的に見てどっちも辛いことだったけど、後々気づいたこととしては、日づけや天気が変わるように僕の気持ちもそのつど変わるということだった。無意識の中で待っていたり、それとは逆に来るわけがないと開き直ったり、時には落ち込んだり──。
けど�牋Δ径海韻覘瓩箸いΦせ�ちだけは変わらなかった。というよりも変わるはずがない。これだけは曲げてはいけないこと。そう自分で思い込み言い聞かせることが一番の安定剤なのかもしれない。

 シンジとリョウコが訪れた日から間もなく、世界中がクリスマスというくだらないイベントで賑わった。そして、警察が犯人像を描けることも、僕の身体に変化が起こることも、ヒトミが訪れることもないまま、年が明けた。
 一九九五年は、僕の中でひとつの人生が終わり、ひとつの人生が生まれた年でもあった。全く望んではいなかったけど──。
迎えた一九九六年、�爛魯奪圈璽縫紂璽ぅ筺辞瓩隆心遒寮爾蓮∨佑砲箸辰萄討喊靴燭紛斌未魴泙┐襪海箸悗侶拆發箸覆辰拭�


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