| 2006年03月13日(月) |
アカイヌクモリ ―――�察檻供宗� |
「医者とはこれからどういうことをして──」
しばらくの沈黙の後、唐突に口を開いてきたのは意外にも�爛船哭瓩世辰拭J貎討魯劵蹈箸量笋い�けに驚いた表情をしながら答えた。 「──あっ、ああ、とりあえずシドの身体に有効的な治療方法が見つかり次第、それで延命するって方向だけど……」 「そうですか……」 ヒロトが軽く数回頷いた後、またしばらくの沈黙が続いた。この間、全員の視線は何かを言いたそうなヒロトに注がれていた。そして、 「何か言いたいことがあれば──」 と母親が顔を覗き込ませた時、いつもと変わらぬ無愛想な口調でヒロトは言った。 「……すげえ失礼なんですけど、延命っていう考えは外した方がいいと思います」 全員の目が一瞬にして、理解できない、という批判的な眼差しに変わった。 「ふざけんなテメー!どーゆーつもりだよ!?」 サジは声を張り上げてヒロトの胸倉を掴んだ。そこへすかさず向かいに座っていたリョーキが身を乗り出した。 「サジ落ちつけ。──ヒロトも、どういうことだか説明してくれよ。そんなの誰も納得しねえ。何か……根拠があるんだろ?」 ヒロトは耳を澄まさなければ聞きとれないくらい小さな声で、ある、と呟くと自分の胸倉で握り拳をつくっているサジの手を振り払い、僕の目を一度見てから口を開いた。 「俺は……これから五年なら五年、シドのためにできること……してあげられることは、テメーの気持ちを殺してでもシドの気持ちを優先することだと思う。こいつが延命を望んでいるか、そう考えると俺は知り合って二年も経ってねえけど、望んでるって考えることはできねえ。奇跡に賭けてるってことはあるかもしれねえけど……。俺の知ってるシドは今、この点滴で命を繋がれてるって時点でプライドがズタズタだと思う。だからこれから延命とかになればこいつに繋がれる管はもっと多くなるかもしれねえ。元通りの身体になるんならそれに越したことはねえよ。でも、ただの延命ってだけで考えた時、そうなってまでシドは生きることを望んでると思うか?もちろん生きてほしいっていう気持ちは俺にだってある。でも俺たちは、その気持ち以上にシドの気持ちを考えて、シドの立場に自分たちを置き換えることをしなければいけねえんだよ。──テメーらシドのことよく知ってんだろ?だったらもっと考えてやんなきゃよ。これから先のことなんて何が起こるかわからねえし、何を掴めばいいのかもさっぱりわからねえ。ただ……俺がシドだったら、こんな状況で延命は望まねえだろうな」 全員のそれまで怒りに満ちていた目が弱々しく、何も言い返すことができない、無知だった、という目になっていた。 僕にはこの時、ヒロトが仲間ではなく全てを見透かしている宇宙人のように見えた。 �爐匹Δ靴討�前はそこまで俺の気持ちを悟ることができる?お前は何者なんだ……?�� ヒロトは、誰でもねえよ、というような無愛想な表情で何事もなかったように、ただ正面を見つめていた。 「──ヒロトくんの言ってることは、シドの命は今やってることにこの子自身の体力が持つまでってこと?」 母親はうなだれるように額に手を当てながら訊いた。 「そうです。でもそれは、シドの立場を俺なりに考えてのことです」 ヒロトは母親に顔を向けずに正面を見つめたまま答えた。そして、しばらく間を空けて、 「……ごめん。悪いけど今、その考えは呑むことができない。もちろん、シドの気持ちになるってことは大切なことだと思うけど。この子は私の子だし──」 母親はまだ何か言いたそうだったけどヒロトはそれを遮った。 「わかってます。仮に俺がこいつと兄弟だったら、絶対にこんな見捨てるようなことは言えないだろうし……」 沈黙になりそうな状況の中、ヒロトの言葉に声を張り上げ激怒していたサジが目を瞑り静かに口を開いた。 「……悪かった。もし俺がシドだったらとっくに狂ってるだろうな……。お前の言う通りこれからは、こいつの立たされてる状況を考えて、立場を変換させながらいくよ。──そうするべきだ」
【シドの立場に自分を置き換えて】 というひとつの考えが出された時、独り言のように何かブツブツ言っている声が聞こえた。それは──僕の余命を聞いてからサジが怒鳴り、ヒロトが喋っている間もずっとうなだれていたシンジの声だった。 「シンジ……どうした?」 隣に座るリョーキが覗き込んで肩を叩くと、その声はボリュームの摘みを回した時のようにどんどん大きくなっていった。 「……は、五年。──さない。殺す……。シドは、もう……。シドは……!殺してやる……。ぶっ殺してやる──!」 激しい怒号が部屋全体に響き渡った瞬間、顔を真っ赤にしたシンジは大粒の涙を流しながら立ち上がった。その勢いで座っていた椅子は、背後の壁に引きつけられるようにぶつかった。仲間の三人は、それまで見たこともないシンジの姿にただ唖然としていた。また、家族三人も体を硬直させながらその姿を黙って見ているだけだった。 ──シンジの表情からは、理性というものが全く感じられなかった。僕が余命宣告を受けたことによる悲しみと、シルエットすら見ることができない犯人への怒りで……彼は発狂した。嗚咽が漏れる中、再び唸るような怒号を上げたシンジは体を扉へ向けると部屋を出ようとしたのか、獲物を捕らえようとする肉食獣のように素早く足を踏み出した。──その時、ドスッという鈍い衝突音がして、僕は部屋が大きく揺れたような気がした。──まさにそれは一瞬のことだった。シンジが足を踏み出した時、隣にいたリョーキが暴走する相棒の腰に両腕を巻きつけて床に倒れ込んだのだ。その隙に親父は、硬直して動くことができない母親とカオリの腕をとり二人を壁際へ非難させた。そして、ヒロトは僕の隣にまるでボディガードのように立ち、サジは揉み合う二人を黙って見つめていた。 暴れ狂うシンジを、リョーキは歯を食い縛って必死に押さえ込みをかけていた。 「離せー!アァァーッ!!離せって言ってんだよ!俺が殺すんだ!ぶっ殺してやるんだ──!!」 そう叫ぶシンジの体は、力いっぱいに押さえ込むリョーキの腕から今にも擦り抜けそうだった。 自分をコントロールできなくなったシンジの力は、僕の想像を遥かに超えていた。大男リョーキでさえも止めることのできないシンジの発狂は、恐ろしいとしか言いようがなかった。そして、自分一人の力ではどうにもならないことに気づいたのか、リョーキは顎を上げ、首筋に太い静脈を浮き上がらせながら、 「サジ──!」 と珍しく大声を上げた。リョーキのSOSでそれまで黙って見ていたサジは滑り込むように素早く、シンジの体を力いっぱい床に押しつけた。 「シンジ落ちつけ──!おい!」 顔を真っ赤にしながら大声で呼びかけたサジの声も、シンジには届かなかった。二人がかりで押さえつける体は、驚くことに床からの隙間を広げていた。 収拾不可能、そう思った時だった。サジは腹を決めたようにきつく目を閉じると、シンジの頬へ力いっぱい手を振りきった。そして、サジの手とシンジの頬が接触した途端、部屋には再び静粛が戻った。 サジのビンタはそれまでに聞いたことがないくらいすごい音がした。風船に針を刺した時のような音だった。鼓膜が破れたのではと心配したほどだ。けど、そのビンタはシンジを正気にさせるには最良の手段だったのかもしれない。嗚咽交じりで震えながら横たわるシンジの両端で、サジとリョーキは仰向けになり全力疾走で走り終えた時のように激しく息をきらせていた。三人の体からは薄らと湯気が立ち昇っているように僕には見えた。そんな呼吸することもままならない状態の中、サジは苦しそうに深呼吸をしながら言った。 「──ふ、ふざけんなこのヤロー……。いつも冷静な奴だと思ってたら、こういうことだったのかよ……。押さえつけるこっちの身にもなりやがれ、バカ!──でも、お前の気持ちはさ、よくわかるよ。俺だってお前みたいに発狂して、大声出して暴れてえよ。それはリョーキだってヒロトだって同じだ。けどよ、そんなことしたって無駄だし、何にもならねえんだよ。シドだって喜ぶはずがねえ……。そうだろ?だから今は、自分の感情よりもシドの気持ちを考えろ。こいつが何を望んでいるのか……。わかったらさっさと立て」 サジはそう言いながら立ち上がるとシンジに手をさし伸べた。──数十秒間目を閉じた後、小さく頷いたシンジはゆっくり起き上がると素直にサジの手に掴まった。 「発作……か?」 ヒロトがシンジに歩み寄ってボソッと言った。涙で頬を濡らしているシンジは震える声を絞り出すように返した。 「……ガキにはわかんねえよ」 「何だこのヤ──」 「テメーらいい加減にしねえか……!」 リョーキは立ち上がりながら呆れたように二人を睨んだ。そして──、 「すいませんでした。本当に申しわけないです……」 シンジは壁際にいる僕ら家族に深々と頭を下げた。その姿は謙虚で礼儀正しいいつものシンジだった。 「いいんだ。むしろシドをそこまで想ってくれて……。お前ら四人に会えたことは、こいつにとってすごく幸せなことだと思う。もちろん、俺たち家族もな」 親父はシンジの学蘭のヨレを叩きながらそう言った。 僕は仲間に感謝という言葉以外、何も思い浮かばなかった。この余命宣告という贈り物を通じて、仲間の僕に対する強い思いを改めて感じることができた。
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