| 2006年03月20日(月) |
アカイヌクモリ ―――�宗檻魁宗� |
余命宣告を受けたあの日を最後に、母親の涙を見ることはなかった。むしろ笑顔を絶やすことなく、 「あんたに悔いを残してほしくないってことは、イコール私たちも悔いを絶対に残しちゃいけないってことなの。だから、時間は限られちゃうかもしれないけど、できるだけいろんなものを見て、感じて、考えよう」 と言い続けた。そしてある日、虐待を受け続けた幼児期から思春期、家を出てからの娼婦時代と──耳を塞ぎたくなるような悲しく耐え難かった過去を唐突に僕に聞かせた。 「……虐待なんて言葉知らなかったから、私はいつもいじめられてるって、そう思ってたの。それが幼稚園年中の五歳の時。私の記憶はその頃からずっと残ってる。──よく殴られてた。素手はもちろん、プラスチックでできた棒とかゴミ箱で。私は大声で、やめてやめて!って泣いてるのに、あいつは笑いながら私を殴り続けた。いつも酒ばっかり飲んでて、酷い時にはひもで首を絞められたり、一升瓶を体の上で叩き割られたり、やかんのお湯をかけられたりした。それが小学生くらいまでかな。先生も気づいていながら助けてくれなかった。近所の人も……。もう痣とか傷なんて気にならなくなってた。私の人生なんてこんなもんなんだって、そう自分自身に思い込ませてたんだ。物心ついた時から母親はいなくてそれが普通だったけど、あいつから暴力を受ける度に、お母さん早く帰ってきてって、心の中で叫ぶんだけど──顔がわかんないからさ、そう思う分逆に悲しくなっちゃうんだよね。中学に入って成長期がきて、体が大きくなってきたら急に優しくなってさ、事もあろうに実の娘の体を求めてきたわ。夜這いなんて当たり前だった。全裸にされたこともあったけど、辛うじて膜だけはどうにか──。毎日が地獄だった。中学を出れば私は自由になれる、だから卒業するまで逃げなかった。今思えば逃げることなんて中学生でもできたのにね。ただ、パターン的にはその後保護されて、家に戻されて、あいつの餌食になる。──中学卒業と同時に家を出て娼婦になったのは正解だったかもしれない。…………ごめん、ちょっと気持ち悪くなってきちゃった。虐待されてた頃のことは…………この年になっても堪える──ね。思い出しただけで吐き気がする──」 母親は口元を押さえながら立ち上がると、トイレに駆け込んだ。それからキッチンで口をゆすぐと、すっきりしたー、と深呼吸をしながら戻ってきた。 �爛�ウンセリング受けろよ。病気じゃねえか�� 心配だった。私生活に影響はないにしても、確実に母親の心は�猊秧討�らの虐待�瓩箸いι造鉾箸気譴討い襦� �狎簑亶圓韻茲吻� 強要する僕の気持ちに嘲笑うような表情を見せた後、母親は話を続けた。 「当時、娼婦は娼婦でも街娼って呼ばれてた女は風俗街に入ることはできなかったの。私がその一人。何故だかわかる?風俗嬢に�爐椶辰燭�り�甅狄佑龍發困襪鬚箸蠅笋�って�瓩辰得佞疥�てられたからよ。当時の街娼は風俗で働く奴がかわいそうになるくらいの金額で交渉していたの。そのくらい質もテクニックも店の女とは比べものにならなかったんだ。街娼は、風俗街の入り口でこれから店に入ろうって気満々の男に声をかけて落とすの。もちろん街娼のよさを知ってる奴ならそっちから声をかけてくるけどね。でも、街娼をしている女は深刻な悩みを抱えてる奴が多かった。借金漬け、子供を産んですぐに男に逃げられたり、直接か間接か知らないけど、殺しの手助けをして逃げ回ってた奴がいたりね。私も、初めは大変だったんだよ。中学出てすぐ街娼になって、男もそれなりに寄ってきて、金もそれなりにあって、思ってた以上に順調だった。でも、周りの目はそうはいかなかった。別に仲間意識みたいなものはなかったけど、大体同じポイントでみんなカモを待ってるからほとんどが顔見知りで多少の会話もするような仲だったの。年は十代から三、四十代までで二、三十人いたかな。私はそのほとんどを敵に回すことになった。ガキのくせしてって僻まれてさ、金を巻き上げられたり、ヒールで顔を蹴られたり、酷い時には、そいつらの仲間の病気持ちに抱かされたこともあった。──仕組まれたの。私を街娼からだけじゃなくて女としても使いものにならなくするために──。まあ、そういう経験をしていくうちにね、汚れてるけどどうやったら男から金を吊り上げられるか、生み出すことができるようになってたんだ。そういう世界で生きていくにはね。 私は顧客とまではいかないけど、顔馴染みの奴は寝る度に金を上げていった。当然離れていく奴もいたけど、すがりついて離れないのもいた。そんな汚れた毎日の中でカオリの父親に出会ったの。一目惚れだった。劇団員でさ、渋くて優しくて、彼に会って初めて大人の男臭さが好きになった。私、自分から言ったんだ、あなたの子がほしいって。それからカオリができたのと同時に籍を入れて──。やっと辛かった過去を忘れることができると思うくらい幸せだった。でもね、カオリが産まれてから半年くらいしてかな、稽古が忙しいことを理由に家に寄りつかなくなったの。三日置きだったのが一週間、一週間が三週間、三週間が一ヶ月、一ヶ月が──もう待てなかった。行く場所もお金もなくてやむを得ず私はまた体を売った。街娼にはもう戻りたくなかったからちゃんとした合法の所に。カオリは本当にかわいそうだった。今でもあの頃のことを思い出すと胸が痛くなる。夜泣きしたって誰もあやしてくれる人がいなかったんだからね。──だから、その後シノブに会えたことは私にとっても、多分カオリにとってもすごく大きかった。店から連れ出された時、こいつは頭が狂ってるんじゃないかって、拉致か人質、最悪殺されるとも思った。でもそれがスリリングで体験したことないくらい楽しくて、気づいたら大声で笑いたいのを堪えてダッシュしてたんだ。それで人気のない所についたら、惚れた、だよ。こいつは筋金入りのバカだって改めて認識した。でもね、心のどっかで私はシノブみたいなバカを待っていたと思うんだ。あいつ自身はまずいことをしたって顔してたけど、本当にかっこよかった。それは今でも変わらないけどね。あんたの子だったら絶対に男がいいって、私は毎日落ちつけって言われるくらいはしゃいでたの。多分文句たらたらながらも溺愛するって思ってた。実際、本当にそうなっちゃったけどね。カオリの話しに戻るけど、本当にいい子に育ってくれてよかった。──あの子は多分、どこかで私みたいには絶対なりたくないって思ってるんだろうね。だからいっぱい勉強してある程度将来性のある高校に入ったんだね。あの子の父親も能無しだったから、相当努力したんだね。まあ、親としては早くいい男に巡り会ってもらいたいものよ。あの子はまだつき合うはおろか、あっちの経験もなさそうだし。それだけが心配――大きなお世話かな?」 �爛�オリの心配よりも、少しは自分の心配したらどうなんだよ�� 母親が明るいというか能天気な性格なのは、過去にあった出来事がそうさせたのだと僕は思う。孤独という痛みに耐え続け、自分はどう生きていけばいいのか、どう生きるべきなのか、そう突き詰めた結果、辿りついたのが�爛泪罐澂瓩箸いΦせ�ちから年をとらずに前だけを見続ける女だった。いや、もしかしたら今の母親は本当のマユミではないかもしれない。自分でも気づかずに、ただ演技をしているだけなのかもしれない。そして──その皮が何らかの拍子で剥がれてしまった時、母親──マユミは自己嫌悪して家族、自らにかかわる全ての人間を捨て、新しい自分を探し求めることになり得なくはない。そうなったら親父は、カオリは、僕は──考えたくもない。だから……一生寄り添っていく親父には、たとえボロ雑巾になったとしても母親を守ってもらいたい。心の裏側が破裂した時、自分の二度はできない行動によって運命が変わった女がどうなるか、親父も気づいているはずだ。 マユミが本当は弱い人間だということを──。
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