歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2007年01月09日(火) 時に患者は身勝手なもの

世の中の多くの方にとって、歯科医院という場所なるべく近づきたくない、敬遠したくなる場所であるというイメージは強いとは思います。

“麻酔の注射が痛い”
“歯を削る機械の音が嫌”
“上から覗かれるのが気持ち悪い”
などなど歯科医院というのはどうしても避けたい場所であるのは仕方がないことかもしれません。
一方、実際に歯に問題が生じ、我慢できなくなるような状態になるとどうしても歯科医院へ駆け込まざるをえないのも確かです。
歯医者の本音として、歯が悪くなる前に一人でも多くの方が歯科医院を定期的に受診し、歯の健康維持に努めて欲しいものなのですが、実際のところ、何か問題が起こらないと歯科医院を受診する人が少なくありません。
世間での印象が必ずしも良くない歯医者ではあるのですが、歯科医院に来院する患者さんの中には、歯医者から見て明らかに首を傾げてしまいたい患者さんがいるものです。

先日のことでした。上の奥歯が痛いということでうちの歯科医院に駆け込んできた患者Tさんがいました。

“数日前から違和感があり、我慢していたが、前日の夜に痛みがひどくなり、夜も眠れなかった。何とかして欲しい。”
そのようなことを訴えておられました。Tさんの口の中を診てみると、上の親知らずに大きなむし歯がありました。
むし歯が深く進行し、神経にまで達しているような場合、通常は、神経の処置を行います。ところが、親知らずがむし歯であった場合、多くの場合は親知らずを抜歯します。その理由は、親知らずの位置にあります。親知らずは一番奥にあるために、歯を削ったり神経の処置を行うのが難しい場合が多いのです。また、仮に治療ができたとしても、一番奥にあるために歯磨きで汚れを取り除くことが難しく、後日再度むし歯になりやすいこともあるのです。そのため、親知らずがむし歯になった場合、抜歯することが多いのです。特に、むし歯が神経にまで達するような場合は、ほぼ抜歯するといっても過言ではないでしょう。
Tさんの場合、まさしくこのケースに相当しました。歯痛を取り除くには抜歯をしなければならないことを説明したのですが、Tさんは

「先生、歯を抜かずに痛みを取る方法はないですか?」
と言われるのです。
歯を抜くということに対する恐怖心が相当あったようですが、僕は上記のことを再度説明しました。この患者は痛い歯の部分を押さえながら、

「歯を抜かないで痛みを止めて欲しいのです。」
僕は抜歯の必要性を再度説明しました。そして、

「僕はあなたの症状を取り除くには抜歯が一番だと思います。どうしても抜きたくないというのであれば、痛み止めを飲んで我慢してもらうことになりますが、痛みが止まるとは限りませんよ。原因を取り除いていないわけですからね。ここは決断して下さい。」
しばしの沈黙が続きました。Tさんかなり考えられていたようです。そして、Tさんが出された結論は

「歯を抜かないで痛みを止めて下さい。」

僕はむし歯の穴を仮のセメントで塞ぎ、痛み止めだけを処方し、Tさんに帰って頂くことにしました。診療室を出る際、Tさんが僕に尋ねてきました。

「明日仕事なのですが、歯の痛みは止まるでしょうか?」

僕は痛みが止まる保障はどこにもないことを再度説明し、帰って頂くことにしました。


予約が詰まっていた忙しい時間帯にある若者の患者Kさんが急患として来院してきました。
このKさんも歯が痛いので何とかして欲しいということだったのですが、どうもKさんは受付で何度も直ぐに診て欲しい訴えていたようです。受付では予約の患者さんがいることから、何とかその合間に診ることを伝えたのですが、Kさんが何度も訴えることから歯の症状が相当ひどいように感じたらしく、僕と予約の患者さんの了承を得てからかなり早めの時間帯にKさんの処置をするよう段取りを組んでくれました。
Kさんの口の中を診てみると、下の奥歯に大きなむし歯があり、深く進行していることを確認しました。僕は、この患者さんに神経の処置をしないと痛みは治らない。今から処置を行うと2〜30分はかかることを伝えました。Kさん曰く

「先生、ちょっと急いでいるもので、痛みだけ取ってくれればいいですから。」

痛みをとる処置を行うのに2〜30分かかると説明したのですが、Kさんはどうもそのことがよくわからなかったようです。再度、説明したのですが、それでも急いでいるの一点張り。どんな事情があるのかわかりませんでしたが、この患者さん、少しでも早くうちの歯科医院を出たがっていたようです。けれども、歯痛は止めてほしいという希望。歯医者の本音としては、何とも身勝手な患者といったところです。
その一方で、予約の患者さんの合間に診療しているということで、予約の患者さんに対し迷惑を掛けているところもありました。そこで、僕は患者さんの意向を聞き入れ、むし歯の穴を仮のセメントで塞ぎ、痛み止めの薬を出すことで様子を見てもらうことにしました。

「これで歯痛は止まりますよね?」とKさん。

僕は言いました。
「歯痛が止まるという保障はありません。なぜなら、原因の歯の治療をしていませんから。あなたの意向を優先しましたけれども、専門家の目からみて歯痛が止まることを自信を持って断言することはできませんよ。」


これら二人の患者さんはその時以来うちの歯科医院に来院しません。どこでどうされているのかはわかりませんが、もう少し歯医者の言うことを素直に聞き入れ、処置を受けて欲しかったものだと思う限りです。


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