先日、某所でこのようなことを言われました。
“歯医者の仕事は力が必要なのではないか?” 患者さんとして歯医者に通った経験のある人の中には、歯を削られたり、抜歯をされたりした際、相当強い力が歯や口の中にかかっているように感じられたのかもしれません。 果たして歯医者の治療は力仕事なのでしょうか?
僕は、歯医者の仕事は決して力を必要としない仕事だと感じています。全く力が要らないというわけではありません。必要最低限の力は必要ではあるのですが、決して力づくの仕事ではないのです。 歯医者は様々な機械、器具を利用して治療を行います。これら機械、器具の特性を理解し、効率よく使いこなすことができれば、決して力を必要とすることはないはずなのです。 例えば、歯を削る機械にタービンというのがあります。“キーン”という高音を発して歯を削る機械のことです。このタービンにはダイヤモンドの細かい粉末をまぶしたバーをセットし、一分間に20万回転〜40万回転という高速回転させながら歯を削るのです。バーを一分間に20万回転〜40万回転という高速回転させると、相当の回転力が働きます。歯を削るのはこの回転によって生じた力を利用すればいいのです。すなわち、高速回転しているバーの付いたタービンをそっと目的とする歯に接触させる。それだけで歯を削ることができるのです。タービンを力一杯握って削る必要はないのです。 抜歯の場合も力は必要としません。抜歯に必要な器具としてへーベルと呼ばれる器具と鉗子と呼ばれる器具があります。これら器具はてこの原理を利用すれば、決して力を要れずに抜歯することが可能なのです。もし最低限の力で抜歯できない場合、それは根っこが曲がっていたり、根っこが骨と癒着していたりすることが考えられますので、それなりの対策を講じるきっかけにもなるのです。 神経の処置も同様です。リーマーと呼ばれる器具を用いて神経を除去していくのですが、力がかかるような場合、根っこが曲がっているようなケースであり、無理をして力を入れて治療をしているとリーマーが根の中で折れてしまう可能性が高くなります。力がかかるような場合、リーマーに相当な力がかかっている信号を意味し、操作に注意しなければならないのです。
力を必要としない歯の治療ですが、それには前提となることがあります。それは姿勢です。背筋を伸ばし、腰を入れる。猫背にならないように姿勢を保つ。そして、視線を一本の歯だけでなく口や顔を含めた全体にも向ける。このような心がけが無駄な力を体に要れず、最低限の力で歯科治療を行うことにつながるのです。力を入れない治療は正しい診療姿勢が基本なのです。正しい診療姿勢であれば決して腰を痛めることもありませんし、肩がこるようなこともありません。腰を痛めたり、肩がこるということは姿勢や無駄な力を入れている証拠ではないかと思います。
僕自身、常に力を入れない診療を心がけています。力を掛けないことは自分の診療姿勢を安定化させ、効率のよい治療につながります。また、治療を受ける患者さんにとっても無駄な力が入っていない診療は安心感を与えるものになるのではないでしょうか。 僕が尊敬する歯医者は、皆美しい診療動作をしています。姿勢が正しく、無駄な力、無駄な動きがないからです。僕もそんな美しい診療姿勢を目指していきたいと考えています。
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