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■ 災難��
「…あぁ、おはよ」 「もうオハヨウって時間でもないね、一時だよ」 「思ってたより早いって。なにトーヤ、また怒られてんの」
眩しそうに瞬いてから、こちらを見上げ寝起きの顔で可笑しそうに笑った。
「違うし」 「違わないでしょ。俺ねもう出ないといけないんだよね、だからこの子の面倒見てて欲しいのよ、逃げ出さないように」
否定した台詞はあっさりと覆され、伸びるんじゃないかと危惧した襟を解放された。 いや、むしろ前に押しやられたっていうのが正しいのかも。
「ナツキ腹減ってる? 先に何か食べるなら待ってるけど」 「いや、いい。適当に自分でやるから。それより俺、十時頃にはまた出るんだけどハルはいつ帰んの」 「んー、それまでには帰るよ、たぶんね。とりあえず、数学のプリントでも山のようにやらせてといて欲しいんだよねぇ」 「げ」 「見とくだけでいいんだろ」 「勿論」
言うだけ言うと、ハルちゃんは「じゃあヨロシクねー」なんて言って、さっさと出て行こうとする。
「ちょ、ま……っ」
夜までプリント漬けなんて、冗談じゃない。遊びに行くのが駄目なら家で大人しくしてるから。だが、乞うように伸ばした手は、振り返ったハルちゃんの笑顔で一蹴された。
「じゃあね、トーヤ」
それが、やらなかったらわかってるよね、とでも言っているようで、思わず俺はこくこくと首を縦に上下してにへらと笑った。
情けねー…。
扉が閉まると同時に背後でまた欠伸が聞こえた。
「眠いなら寝てたらいーのに」 「そうしたいけど、そうもいかないじゃん。お前何やったの」 「学校サボっただけだし」 「だけだしって。反省しろよ反省。お前の学費だけでもわりと幅食ってんだから、行きたくなきゃやめちゃえば」
ベッドの脇に肘を付いて、横目で見上げられる視線は、いつもと違って心なしか冷たい。
「冷てー…」 「何言ってんの。ただでさえお前のせいでエンゲル係数高いんだから、どっかで貢献しないと追い出されんじゃないの、そのうち」 「…未成年に言う台詞かよ、それ」 「シュウを見習えば」 「シュウちゃんと一緒にすんのが、そもそもの間違いって気がするんだけど」
やっと入った高校のレベルは、シュウちゃんやマヒロの通う高校とは偏差値自体、かなりの開きがある。その中でも優等生やってるっていうシュウちゃんと俺じゃ、自分で言うのも悲しすぎるけど天と地の差だ。
「ああなるほど。まあ何でもいいや。なんだっけ、数学プリントだっけ」 「納得すんのかよ。…だいたいそんなん持ってないって俺」 「シュウの部屋に一年の参考書あるはずから、持っておいで」
あれこれと指図してから、ジャケットを脱いでベットに放り上げる。 しわになんないのかな、なんて余計なことを考えてから言われた通り参考書を取りに行った。
家で勉強なんて受験の時以来だ。あの時はハルちゃんに呆れられ――高校行かなくてもイイってゆった――、ナッちゃんにやたらと笑われ、シュウちゃんに馬鹿にされ、ついでに隣のマヒロにまで心配されたという苦く忘れ去りたい記憶しかない。
上二人なんかいつもはウルサイくらい可愛いだの何だのと構ってくるくせに、三者面談の後は手の平返したみたいに冷たくしてくれたし。
『トーヤがこんな頭悪いとは、思わなかった』
なんて言う重苦しい溜め息も、深い同情を込めた視線も、半年経った今でもありありと浮かぶほどだ。 ハルちゃんやナッちゃんを見て騒ぎ立てていたクラスの奴らの興奮も、遠くのほうで聞こえ消えたさざめきに感じるほどにあの時はショックだったし。 まあでも晩飯ん時には、わりと立ち直れてたってのが、俺のセールスポイントだと思う。
「なにやってんの、ぼーっと立って」
ちょいちょい、と手招きされて、入口で突っ立ってた自分に気付いた。
「だって、やりたくねーもん」
真ん中にあるローテーブルに参考書やらノートやらを放り投げて、唇を尖らせる。
「自業自得って言葉、知ってる?」 「……」 「トーヤには難しいか」
ふざけたような真面目なような、どちらとも取れない口ぶり。どれだけ馬鹿だと思われてんだろ、俺。
「それくらい知ってるっつーの」 「あはは」
笑い事か。笑い事なのか。 黙ってカーペットの上に座り、嫌々参考書を開く俺の背中が、ふと温かみを帯びて、驚いて振り返った。
「…なにしてんのナッちゃん」
2007年12月03日(月)
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