蜂蜜ロジック。
七瀬愁

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■ 災難��

背後から抱きつくように、ぴたりと寄り添っている兄の顔はちょっと引くくらい近い。
まあ言えば、男が女にするような。
どう考えてもこの体勢は書きにくい、じゃなくて。おかしい、絶対。
うん、気のせいじゃなくて。

腕の位置も、微妙に抱き締められてるみたいになってるし。それで何で俺は、さりげなくナッちゃんの足の間に座ることになってんのか、もはや意味不明だ。

「面倒見とけって言われたし」
「近すぎね…?」
「こんなもんだろ」

前々からシュウちゃんを除く兄ちゃん達の、わりと濃いスキンシップには疑問を感じてはいたけど、これも疑問を感じずにはいられない。

つーかもっと前から感じるべきだろ、俺。

「まさかまだ酔ってんの」
「素面に見えない?」
「あんまり…」
「んー。今日は人肌恋しいんだよ」

ますます意味がわかんないんですけど。

「女のとことか行けばいーじゃん」

そうしれくれれば、俺もこんなやりたくねー勉強する必要もなくなるし、万々歳じゃないか。

「今は女はいい。そんな気にならないし。トーヤが勉強しながら慰めてくれればいいよ」

そんな俺の喜びの声を遮るように、更に背後を陣取ったままの兄は静かにそう言った。
だから何でそれを俺に求めるかな。

「こ、高校ん時の人は?」

最終手段として、その名前を出してみる。

「……」
「な、ナッちゃん?」

途端に空気が沈んだのが、わかった。
振り返れば、視線を落としたナッちゃんがいて。

整った顔をしたナッちゃんはそりゃ昔から女関係は派手だったらしいけど、特定の恋人っていうのはいないらしくて。
でも何回か綺麗な女の人と歩いてんのを見かけたことがあって、それが[高校の時の同級生で特別な人]だと教えてもらったことがある。

でも[コイビト]ではなくて、[トモダチ]なんだってことも。

『ナツキは好きなんだよね』

内情を知っているらしいハルちゃんなんかは、たまにそう言ってからかう。
俺は見かけたことがあるくらいで、どういう関係だとかは知らないし、聞くつもりもないけど。

今でもって言うのは。

――昔から好きなんだろうなって思うわけで。

「会ってないって…なんで?」
「さー。彼氏でも出来たんじゃない。連絡が、取れないんだよね」
「え、」

声が、低くなる。
何となく聞いた一言が意外に言ってはいけないことだった、ということに鈍い俺はここでようやく気付いた。

「もう、俺に会いたくないのかもね」

もしかして。
そんな時間に家で寝てたのも、酒臭いのも、全部そういうことを忘れたかったからだったり、とか。

思い当たってしまえば、軽口はきけなくなった。
肩に顔を埋める気配がして、さらりとした髪が頬に当たる。

「な――」

呼ぼうとした声は、横から伸びた掌に押さえ付けられ止まる。

「別にそれは関係ないよ。面倒見てって言われたから、こうしてるだけだから」

くぐもった声が、耳のすぐ近くでする。
低くて淡々とした響き。いつもとは明らかに違う雰囲気に、動揺した。
関係ないって言われても、とてもそうには思えない。

ゆっくりと退けられた掌。呼吸が楽になる。罪悪感を感じるのは筋違いなのかもしれないけど、今そばにいるのは俺だけなわけで。関係ないって言うのは簡単だけど、そんなことを言えるほど無神経でもないし。

「だから、ね。ちょっとだけこうしててもいいだろ?」
「う…」

俺をガキ扱いして甘やかしまくるナッちゃんが俺に頼るなんて、考えもしなかったし、有り得ないと思ってた。
代わりのように、両腕が体に巻き付いて。冗談で抱きしめられるのなんか日常茶飯事だけど、この状況ではかってが違う。

嫌だとかすげー言いにくい。つか、言えない。

「じ、じゃあ俺、勉強するから」

返事はなかったが、頭が僅かにずれて首筋に息がかかって、思わず体が跳ねてしまった。

2007年12月04日(火)
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