こうして私はあなたを好きになった
綴りたいのは残された言葉、なつかしい匂い、
揺れる気持ち、忘れられない感触

2008年12月16日(火) 冷たい関係


 彼は自分のことを冷たい人間だと言います。

 彼は小学校に入る前に病気で母親を亡くしました。

 それからまもなくして、彼の父親は新しい母親を迎え、

 二人の間には弟が生まれました。

 彼が常に周囲の人にさりげなく気を使うことが出来るのは、

 そうすれば新しい家族に嫌われないという

 子供ながらの防衛本能から自然に身に付いたものなのでしょう。

 どちらかと言えば神経質に見えて、人に敬遠されがちなあの人に比べ、

 彼は本人の意識とは別に、親しみやすい人柄に見られるのでした。



 彼がこんな話をしたことがありました。

 誰かを特別に一番愛するという基準が自分にはないと。

 もし自分の親しい女性が数人海で溺れていたとしたら、

 何としてでも誰かを一番先に助けるという意識がないと言うのです。

 それはある意味、自分を一番に愛してくれる女性に対して

 冷たい人間なのだと彼は言いました。

 子供にとって絶対的愛情の象徴である母親を

 幼くして失ってしまったからなのかもしれません。

 彼は自分の客観的で冷たい部分が嫌いだとも話していました。



 あの頃は週に2回のペースで彼と会っていました。

 でも彼との関係が深くなっていくという感覚は全くありませんでした。

 彼はいつも笑顔で優しいけれど、

 それは彼が身に付けたマナーのようなもので、

 愛とは隔離したもののように思えるのでした。



 ホテルで抱き合った後に、

 お寿司屋さんへ連れて行ってくれたことがありました。

 彼のボトルがキープされていたことから、

 彼が何度も足を運んだことのあるお店だということが分かりました。

 私達がカウンターに座った時の板前さんの表情からも

 かつて彼がよく連れて来ていた女性がいたことが読み取れました。

 彼にとって自分が特別な存在でないということは自覚していたけれど、

 それは周囲の目から見ても明らかなように思えました。



 マンションで一人になってから、急に寂しい気持ちに駆られました。

 翌日彼は他の女性とゴルフに出かけることになっていました。




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 その時は特に気に留めてもいなかったのに、

 彼と別れてから急に気になりだしたのかもしれません。



 翌日の午前中、私は彼にメールをしました。


  今日も会えますか?


 メールの彼女との約束が本当にゴルフだけだったら、

 ゴルフが終わり次第、彼に会えると思ったからです。



 彼のメールの返事はOKでした。

 私達は3時に街中で会うことにしました。

 待ち合わせ場所の近くまで来たら彼から連絡をすると言ってくれました。



 3時近くになっても彼からの連絡はありませんでした。

 私は色々なことを想像しました。

 そして、彼にメールしました。

 
  今日はもう時間が遅くなってしまったので、

  会うのはやめにしませんか?


 それから間もなくして、彼から電話がありました。

 彼はまだ、私のメールを読んでいませんでした。


 「メール送ったんですけど、読んでないですか?」


 「いや、運転してたから読んでない。」


 「今日は時間があまりなくなっちゃったから、

  会うのやめませんかっていうメールだったんです。」


 「そうだね。そうしよう。また今度時間がある時にゆっくり会おう。」



 電話を切った後、変な胸騒ぎを覚えました。

 あの後、彼はまた彼女と合流して会っているのかもしれないとか、

 二人でその後ホテルに行ったのだろうか…とか。



 だとしたら、彼ともう電話は繋がらないはず…。

 そう思ってまた彼に電話をしました。

 私の予想が外れて、彼はすぐ電話に出ました。

 
 「ごめんなさい、また電話しちゃって。」


 「どうしたの?」


 「私、もう会わない。」


 「会わないって?」


 「今日だけじゃなくて、もう会いません。」


 「それってどういうこと?

  今俺、めちゃくちゃムカついてるんだけど?」


 「割り切った関係なんて私には無理だし…。」


 「今日も会いたいってメールくれたのはそっちでしょ?

  そうしたら急に今日は会うのよそうってメールが来て…。

  しまいにはもう会わないって、どう考えてもおかしいでしょ。」


 「ごめんなさい…。

  ゴルフで一緒だった彼女はどうしたんですか?」


 「もう降ろしたよ。送ってった。」


 「本当ですか…。」


 「そういうの、俺面倒くさいんだよ。

  何にも無いって言ったって、

  信じてくれなきゃ説明のしようが無いし。」


 「やっぱり、今日会いませんか?」


 「今日はやめよう。こんな気分で会ったっていいこと無いし。」


 「そうですね。私も自分で考えてみます。」



 電話を切った後、冷静になって考えてみました。

 1つ分かったことは、彼は最初から何も嘘をついていないということ。

 彼は私に愛を誓ったことなど一度も無くて、

 お互いに楽しめればそれでいいと私も納得しているはずだったのに…。

 私が彼と付き合い始めたのは、あの人を忘れるため。

 それならば、

 あの人との関係は徐々にただの友達関係に移行しつつあり、

 目的は達成されようとしています。



 気持ちが落ち着くにつれて、

 自分が一人で抱いていた彼への不信感が馬鹿らしくなってきました。

 恋愛なんて面倒だ、きっと彼も同じ気持ちなんだろう…と

 心の中で呟きました。


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理沙子

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