ぽつぽつと小雨降る一日。気温は23℃と秋らしい涼しさであった。
しかし明日はまた28℃と夏の名残がありそうである。
朝の道にセイタカアワダチソウが見られるようになった。
ブタクサと間違い易く花粉症の原因になると思われているが
セイタカアワダチソウの花粉は飛ばないのだそうだ。
間違われて可哀想だが薬効効果もある花らしい。
夫は花粉症があり「また黄色い花が咲き出した」と嘆くのだが
ブタクサとは違うのだと教えても納得が行かないようである。
「じゃあ何でくしゃみが出るがぞ」と素直に信じようとしない。
おそらく思い込みから来るアレルギー反応だと思われる。
黄色い三角帽子の可愛らしい花である。
どうか嫌わないでやって欲しいと願ってやまない。

今朝は職場に着くと義父がコンバインを丁寧に洗っていた。
昨日の稲刈りは無事に終わったようだがまだ最後の稲刈りがあるのだそうだ。
私は完全に終ったと思っていたので何だか戸惑ってしまう。
収穫量は昨年の半分にも満たないとのこと。
それでも刈らないわけには行かずまた忙しい日がありそうだった。
コンバインを洗い終わると散髪に行き男前になって帰って来る。
それから色づき始めた柿をいくつか獲ると友人の家へ行った。
いつも農作業を手伝ってくれている友人で柿が大好物なのだそうだ。
村内ではなく大月町なので直ぐには帰らないだろうと思っていたら
お昼過ぎには帰って来て今度は大型車の修理をすることになった。
先月から預かっており気が気ではなかったので大助かりである。
早ければ月曜日には納車出来るだろう。
経理もまずまず。昨日の入金の上に今日も入金があり随分と潤う。
週給制の同僚のお給料を準備し、私の二日分の日給もあった。
残りは預金したがそれも直ぐになくなってしまうだろう。
それでも預金残高を見ると嬉しく救われたような気がした。
後は野となれ山となれである。ゼロになればまた始めれば良い。
4時前に帰宅。夫と録画してあった「あんぱん特別編」を見る。
今日は初めて「アンパンマン」のテレビ放映があった日なのだそうだ。
もう朝ドラは終わってしまったが何だか感慨深いものがある。
やなせたかし先生の出身地は母と同じ香北町でもあった。
あやちゃんが珍しく茶の間に来て「今晩は何?」と訊く。
特売だったフランクフルトを買って来ていたのでそう告げると
残念そうな声を出してまた部屋へ戻って行った。
娘に話すと何か作るからと冷凍庫の豚肉を解凍している。
スライスチーズを挟んでミルフィーユカツを作っていた。
私も迂闊であったが今夜は娘に助けられたことになる。
毎日の献立を考えるにも限界がありついつい手を抜いてしまう。
あやちゃんは夕飯をとても楽しみにしていることを忘れてはならない。
今朝の詩はそこそこに。書こうと思って書いた詩ではないので
自分では不出来であったが書けたことを「よし」としたかった。
ある人の為にと思う。きっと読んでくれるだろうと信じていたが
今朝は時間が足らなかったのだろう足跡がなかった。
まあそんなものである。空振りに終わることもあるものだ。
いかにも当て付けがましい詩だったのかもしれない。
「貴方の為に書きました」等とどうして云えようか。
所詮は垂れ流しの詩である。ネットの波に呑み込まれてしまうだろう。
消えずに残ったとしてもそれは藻屑のようなものだ。
それでも私は書くことを諦めない。書けなくなった時は「死」しかない。
※以下今朝の詩
落葉
雨に打たれ風に吹かれる やがて寒い冬がやって来るが 一本の樹であり続けたい
千切れるように葉が落ちる そうしてからころと地を舞う 裸樹になってこそ 芽吹くことが出来るのだ
そうして新しくなる むくむくとしたいのち 嘆くことなど何ひとつない
たとえ失った季節であっても 哀しみはきっと癒える いくつもの季節が巡り 時の薬が助けてくれる
枝を手のように空に伸ばす 青ければ青いほど 明日が未来になるだろう
朝の気温は20℃に届かず随分と涼しくなった。
しかし日中は30℃とまだ夏の暑さである。
とても10月の気温とは思えない。
昨日まだ百日紅が咲き誇っていると書いたが
今朝の道では殆ど散っているようだった。
確か実のようなものが成るのだが遠目では分からない。
職場の百日紅は忽然と消えてしまい確かめることが出来なくなった。
消えたのは百日紅だけではなく「ムラサキシキブ」も見えない。
どちらも母が愛でていたので残念でならなかった。
なんだか母と一緒に死んでしまったようにも思う。
義父は稲刈りの予定であったが午前中は準備に手間取り
午後2時になりやっと出掛けて行った。
僅かなので2時間もあれば終わるとのこと手伝いも要らないと云う。
とても機嫌が良く溌溂としている姿にほっとせずにはいられない。
事務仕事はけっこう忙しく今日は記帳の仕事をしていた。
現金の出入りが一目で分り残高がどんどん減って行く。
入金があっても翌日には直ぐに出て行くのだ。
まるでお金に羽根が生えているとしか思えない。
今日も入金はゼロで笑いが止まらなくなった。
随分と追い詰められたものだ。とことんやってくれと思う。
2時半に退社したのだが同僚から電話があり
先日車検をしたお客さんが支払いに来てくれたとのこと。
待てば海路の日和ありではないがもう少し職場に居れば良かった。
もう後の祭りであったが同僚が預かってくれたそうでほっとする。
おかげで明日は何とかなりそうだがまた直ぐにゼロになるだろう。
面白いことこの上なくまるで毎日が喜劇のようであった。
サニーマートで3割引きのステーキ肉を買って来ていた。
一枚だけなので娘達にと思っていたのだが
娘が父親を気遣ってくれて「おじいさんのは?」と訊く。
「おじいさんは要らんよ」と応えたら
夫が「なんでや!」と文句を云うのが面白かった。
娘達にはその上に鰹のお刺身もあり私達とは大違いである。
決して機嫌取りではない。ただそうして丸く納めているのだった。
些細な事で波風を立ててはいけないといつも思っている。
今朝は「昭和シリーズ」の詩が書けたが相変わらずの不評であった。
しかし自分では書きたいように書けたので大満足である。
どこからともなく私の詩を見つけてくれた方が居て
コメントを残してくれており思いがけずに嬉しかった。
その方のホームに飛べば短歌や俳句を書いている方だったのだ。
その短歌がとても気に入り迷わずにフォローしたら
その方も直ぐにフォロー返しをしてくれささやかな繋がりが出来る。
発端は私の詩なのでこれも何かの縁なのだろうと思う。
伝わる人にはちゃんと伝わるのだととても励みに思ったことだった。
私はあくまでも「私のような者」であり多くを望んではいない。
この歳になり羽ばたくこともなければスポットライトを浴びることもない。
けれどもまるで命を削るかのように精を尽くして書き続けている。
明日もきっと書けるだろう。明日が未来である限り。
※以下今朝の詩(昭和シリーズより)
さっちゃん
生まれたばかりの娘のことを 息子は「ごんべえ」と呼んだ それではあまりにかわいそう 早くなまえをつけてあげなければ
息子は「さっちゃん」がよいと云う おじいちゃんが「さ」がつく名前を お寺の住職さんに考えてもらった さちこさなえさおりいっぱいある
みんなでさんざん迷った結果 娘の名前は「さほ」に決まった
息子の何と喜んだことだろう さっそく「さっちゃん」を連呼する
さっちゃんはふにゃふにゃしていて 顔はおサルさんみたいだった ちいさな手ちいさな足を元気に動かす
息子はさっちゃんからはなれない 泣けば心配そうにおろおろとして 眠ればほっとしたように微笑んだ
「いもうと」がまだわからない 「おにいちゃん」もまだわからない
たださっちゃんと呼べるのが うれしくてたまらなかったのだ
2025年10月01日(水) |
私の未来はいつも明日 |
今日から10月とは思えない真夏日。
週末には雨になりそうだがその後もしばらくは夏の名残がありそうだ。
京都の嵐山では猛暑のせいで紅葉が枯れ始めているらしい。
今年はクリスマスと紅葉の季節が重なるかもしれないとのこと。
地球温暖化で異常気象はもう当たり前になってしまったようだ。
山里ではまだ百日紅が咲き誇っているが
黄色い彼岸花が咲き始めて秋の深まりを感じる。
「ショウキ水仙」と呼ぶのだそうで彼岸花の仲間らしい。
紅い彼岸花は枯れ始めておりとても貴重な花に思える。
田んぼには孫生えの稲が随分と伸び風に靡いていた。
青々とした緑でまるで田植えの後のように見える。
義父は伸び切らないうちにとトラクターで耕しているが
今日はトラクターが故障し捗らなかったようだ。
明日は稲刈りを予定しておりまた忙しくなりそうである。
事務仕事も忙しかったが今日こそはと母の仏前へと行く。
一日遅れとなったがお線香を上げしっかりと手を合わせた。
母はきっと許してくれたと信じるしかない。
そうして一緒に仕事を頑張ろうねと声を掛けた。
整形外科のリハビリがあり2時半に退社する。
仕事はまだ残っていたが明日に持ち越すことにした。
今日も入金はゼロ。何と現金の残高が千円しかない。
あまりのどん底に嘆くよりも愉快でならなかった。
どうにでもなれと思う。もうやけくそ状態である。
リハビリを終え買い物を済ませばもう4時を過ぎていた。
10分程横になり直ぐに夕食の支度である。
娘が何だか機嫌が悪い。話し掛けてもツンツンする。
冷蔵庫を開け鮪のお刺身を見つけると一気に笑顔になった。
ゲンキンなものである。夕食の献立が気に入らなかったのだろう。
毎日メニューを考え頭を悩ませている私の身にもなって欲しい。
今朝の詩はかなりのお目汚し。ああ駄目だなあと思った。
それなのにとある詩人さんが励ましのコメントを残してくれた。
「これからも楽しみにしています」と云ってくれ夢のようである。
自分では不出来だと思っていても伝わる人には伝わるのだろう。
そうなればまんざらでもないと悦に入る私であった。
一度どん底に突き落とされると這い上がれるものらしい。
もう一生誰にも認められないと思っていたが
励ましてくれる人が居て応援してくれる人が居る。
私のような者に何ともったいないことだろうか。
期待を裏切ってはならない。これからも心を込めて書き続けようと思った。
未来などあって無いに等しい。私の未来はいつも明日である。
※以下今朝の詩
あき
窓を少し開けてみる すると秋の声がした
ねえわたしが見える? 笑うと笑窪が出来るの
桜の葉がはらはらと散る そうしてころころと舞う 秋桜は白い花が好きだった 風が吹くとゆうらゆうら
川の水のぬくもりはもう ひんやりと冷たくなり さらさらと流れるばかり
始まりはいつもそう 思いがけない事で満ちている
ねえわたしが見える? 「あき」と名付けられた 少女のようであった
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