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2006年02月28日(火) 息子、誕生日。


ああ、いかかんいかんっ
どのくらい、日記を書いていなかったのやら。

ええと、この間に息子が7歳の誕生日を迎えました。
お陰様で、比較的小柄な私の、もうすぐ顎くらいに達するんでは
ないかと思われます。体重は25�舛任后B�の大きさ20センチ。

プレゼントは3つもらいました。
1.ロボザウルス(何と言うか恐竜の、コントローラーで動く奴)
2.元々は大人のインテリア、パチンコ玉みたいなのがビニールパイプの
 上を滑り降りてエレベーターで昇ってまた滑ってと言う、仕掛け物。
3.PS2「みんな大好き塊魂」
 土日しかゲーム機出しちゃいけないんんだけど、俄かに我が家で
 ブームの塊魂の2作目。これはね〜ワイワイやると楽しいんだけど
 瞬きしないんでドライアイになります。注意しないと。
 私だけだろうか。

ケーキを食べてご機嫌な土曜日でした。良かったね息子。
クリスマスにもらったギルドラゴンと、ロボザウルスで、家の中が
も〜う大変だけど。
今日遊びに来たお友達に
「Rちゃんはゾイドと鳥と金魚とおうちでは遊んでるの?」
って真顔で聞かれちゃったけどね。
その子は3人兄弟の真ん中。もう一人は何と男の子5人兄弟。
純粋に息子が一人の時何してるのか、疑問に思った様子でした。

そんな息子は一人の時、何やら作ったりしています。
半日以上は学校で、帰って来たら宿題で、テレビ観て何か組み立てたら
ほぼ一日が終了〜ですね。
最近は叔父(私の弟)が良く来て遊んで行ってます。

大人の中で暮らしているせいか、子供同士では 妙にもたついたり、
かと思うと、大人びた目をして周囲をみていたりと言う事に気が付いては
いるのですが、取り敢えず
嘘をつかない、やさしい子に育ってくれて嬉しいです
と誕生カードには書きました。
本当は「強い子になって欲しい」と言う希望があるのですが
「優しくあろうとすれば、強くならねばならない種類の優しさ」を
母さんは贅沢にも求めているんだよ、と言う事で。

6歳、7歳と成長曲線がやっと人並み(よりややゆっくりか?)になって
来たように思います。早生まれの子の特徴ですね。
三年で追い付くとか言われているから、あと一年だ、頑張れ息子。


同じ2月の祖母の誕生日には、自分でカードを作っていましたが
「また、よろしくおねがいします」
と書いて、「う〜ん、お世話をされていると言う自覚はあるんだねえ」
と思わず大人同士顔を見合わせました。

言った事は半分しか守らないし、友達同士の喧嘩で負けては
雪の中に投げられている模様。それでも学校が好きと言う事で、
元気に登校しています。
でも、いつ風邪を引くかも判りませんが・・・。

息子の事だけではなかったですけど、ここ数日ではこれが一番
我が家としては残しておきたい行事でした。




2006年02月22日(水) クラス会のお話とか。


高校時代のクラスメートが亡くなった。肺癌だという。
11月に病気が判って、2月8日に亡くなった。
元クラスメートから電話が掛かって来て、その事を知った。

彼の容姿は良く憶えている。でも容姿しか憶えていない。
彼がサッカー部だった事も知らなかった。
お葬式にはサッカー部のOBも来ていたよと教えて貰った。
彼の苗字は何とも綺麗で、ちょっと変てこな姓からどうやら一生
逃れられない(当時は逃れられると思っていたが)私には
羨ましかった。
彼と結婚したならその姓に変わるわけだが、何故かそこには
思い至らなかった。

お葬式に出席したメンバーが突然、クラス会を催す事を決めた。
「どうせなら生きているうちに。この先、何があるか判らないし」
そうなのだ。そう言う気持ちになるのは人として当然の事だ。
極めて健康的な発想だ。
人は死んでしまう。生残った者は そんな時、自分は生きていると
言う事をひたすら実感し、とにかく何か考えないといけない。
来ない人と来られない人は違う。
T君はクラス会に来られない人になってしまったのであり、次は誰か
それがいつかは予測もつかない。


まとめ役を買って出てくれたのは、元クラスメート同士のご夫婦。
大変だなあ。消息不明者を現在調査中だ。
私はぎりぎり消息不明にならずに済んだ。近所に越して来た同窓生の
誘いで、たまたま そのまとめ役の奥さんの方と昨年会っているので
居住地が既に判っていたのだ。
実は高校の卒業アルバムに載っている住所は変わっているが
電話番号は同じで、未だに通じたりする。ちょっと恥ずかしい。

私は消息不明と言われる人のうち一人を担当する事になった。
本人とは未だに連絡がついていないが、どうやらラブラブだと言う事
を触れ回るのを趣味
としているらしい。ラブラブ?
本人に確認してみないと何とも言えないが、もし「私たち今ラブラブで〜」
とか言われたら、またこの日記に書こう。

春に向けて、何だか少し物事が動く。
ここ数年は子供の入園だの入学だのと、明日は吹雪くか、雪がとけるか
そんな事しか考えてなかった気がする。
今年は色々な物事が動きそうだ。
ああ、でも贅沢は言えないけど泣く事が沢山あるのは嫌だ。

クラス会に関しては、母にはあっさりと
「そろそろあんたもそんな歳なんだよ」と言われた。


2006年02月21日(火) 記憶がない事について。


ここ数日、ちょっと調子が変だ。

夜中の記憶が、ない事がある。これまでには余りなかった事だ。
うっすらぼんやりとでも残っていてくれると有り難いのだが
何だか丸ごとすっぽりないのだ。
夜中、息子をトイレに連れて行ったりとかしてるので、その時の
私の様子を証言出来る人間がおり(この場合は息子)
「別に、全然、いつもと同じ」
だったそうなので、頭のどこかが眠っているだけらしい。

心当たりは風邪薬くらいか。
内科ではなく、耳鼻科で薬をもらったので、いつもと全く違う
風邪薬を飲んでいる。これがまた良く効いたので嬉しいのだが
「ちゃんとある分、飲み切って下さいね」
と薬剤師のお姉さんに言われていたので、その通りしていた。
「お腹がゆるくなる事があるかも知れませんけど・・・」
そんな事はなかった。ゆるくなったのは頭の方だった。

昨日も日記を付けているが、付けた記憶が全くない。
文章をみて、書いた内容は事実なのだが、他人が書いたようで
薄気味が悪いので消しました。
風邪も治ったので薬も止めようっと。
これで問題はないはずだ。 あったらいやだなあ。



2006年02月19日(日) 憂鬱な時。


週末は大抵気鬱だ。

従兄弟をはじめ、躁鬱の気があると自己申告している人は周囲に
大変多いのだが、滅入ったり調子が良かったりは誰でも周期的に
もしくはきっかけ一つで簡単になるものだ。

ものすごく辛い事があっても、調子が良ければ切り抜けられるし
いつもと同じ毎日が、たまらなく憂鬱な事もある。

憂鬱の気に取り付かれた時は、ほとんど前向きに物事を考えられなく
なってしまう。だが、そんな事には構わずに、毎日は同じテンポで
進んで行く。

疲れたら休めばいいけど、今はちょっとね。
半端な休みなら、休み癖が付くだけだからいらないしねえ。
親に手伝ってもらってるんで、随分楽な育児なんだから
これ以上何を文句がって感じであるし。

体力には余裕があるのに、他がぐったり。金縛りの反対ヴァージョン
のような感じであるのかな。




2006年02月16日(木) 写メールで撮れる物。


携帯電話を相変わらず使えていない。
WEB登録したはずなんだけど、判らなくなっちゃった。
メールの打ち方も判らない。
あの変な四角い色覚検査みたいなのも、まあ便利なんだろうけど
使ってない。
でも、それを責める人が周囲にいないから、今はいいかなと思ってる。
待ち受け画面は、かなり以前に息子がいたずらして鼻の穴の大アップを
撮ってそのままにしてあるが、これはちょっとなあと思いつつ
まだ直してない。

そんなではあるが、この頃ちょっと考えるところがあった。
写メだけは覚えるべきかもしんないな。
言う事は電話でも手紙でもPCでも言えるけど、ほぼ自分の視覚に
入った物を相手に送れるってのは、いいかも知れない。
今見た、綺麗だと思った物を遠くの人に『これが綺麗だった』と
送れるのは、とてもいいかも知れない。
そうだ!写メだけは真面目には覚えようっ
と思っていた矢先の事である。

新聞で記事を読んだのだけど、実際現場を見たわけではない。

お葬式の時、亡くなった人を写メで撮るケースが増えているのだそうだ。
確たる理由は書いてないので判らなかった。
そう言うケースがどれだけあるのかもはっきりしなかったが、これから
増えて行くのかも知れないと、何となくだが思った。

心を激しく揺さぶる物は、何も美しい物ばかりではない。
ごく近親の人はともかく、亡くなった人との距離を測りかね、受け止め
かねてしまう人もいるだろう。瞬きをする感覚でシャッターをきる。
消去は後で考えて、幾らでもする事は可能である。
ネガが残ってどうこうと言うカメラとは、また根本から違う気がする。
私が今見た物を送りたいと思った感覚もここにある。

盗み撮り隠し撮りは違法であるが、これは目下 そうではないようだ。
ただ「死後の撮影を許可するかしないか生前に聞いて置かねばならないのか」
と言うコーディネーターさんの言葉には、大変な職業であるなあと感じた。
死者への冒涜などと言う言葉が、しかつめらしくこれからも常々言われて
行けば、それはそれで良いのだけれど、数年経たぬうち こうした事は
ごく当たり前の風景になっているのかも知れない。
葬式写真の専門サイトが出来たりして、でも これは摘発されそうである。

花も亡くなった人も、写メールは平等にまばたく感覚で写す。
写された物は情報であり、他人と共有しようと、自分の中にひっそりと
仕舞おうと自由だ。

死者を何故写してはいけないか。写している人を前にして、自分は上手く
説明出来ないような気がする。
それでも自分は決してそれはしないだろうと思うし、そしてやっぱり
遠くの人に、今見た物を送りたいのだ。 誰にでも、ではない。
何かを 共有していたいと思う人に。

ところでデスマスクと言うのがあった。
そもそもあれは何故作るのだろうと調べてみようと思ったら
ものすごい数にヒットして、そのほとんどが聖闘士星矢関係であり
そうでない物はエド・ゲイン(大量殺人鬼、デスマスクは石膏でなく
顔の皮で作っちゃった人)関係だった。

聖闘士星矢は人気があるんだなあと、読んだ事はないがつくづくと感じた。







2006年02月15日(水) かぜっぽ。


あああ、風邪をひいてしまったな〜。
今、こうしている間も喉が痛い。
夜も遅いし、寝るべきなんだろうな〜。
でも何故だろう、お布団に入る気になれません。
前にもあったな、こう言うの。

風邪は多分、息子のが伝染った様子。
当人はほぼ回復の模様。何よりだ。
この頃は、息子の風邪の方が軽いんだよね。
これはどうした事なのかなあ。
体力、落ちてるのかなあ。

こんな時には寝るべきなんだ。昔は即そうしてた。
くすんって言ったら布団へ直行。
寝るのがとにかく、身体には一番いいからだ。

寝ないとなあ。布団に入らないとな。
最悪なのは、この風邪がまたちょっと形を変えて
息子にまたまたうつっちゃうと言う事。
それは避けたいから、早く治すのだ。

寝よう寝よう、もう寝よう。布団が待ってるぞ〜。
今日は何の夢を見るのだろう。
朝起きたら「うげえっ、げほんごほんっがああああっぐえ」
となっているにしても
夢くらいは楽しい物を見たいね。


2006年02月13日(月) バレンタインを待つ息子。


息子がバレンタインデーと言う行事を知ってしまった。
14日になると、チョコをもらえると思っている。
クリスマスと同次元なイベントだと考えているらしい。

クリスマスはサンタさんがプレゼントをくれる。
バレンタインデーは女の子がチョコレートをくれる。
息子の場合、肝心なのはサンタさんではなくプレゼントであり
女の子でなくチョコである。

そう言う男子は、きっと長い事チョコとは無縁になるのだろう。

サンタさんはいないので、親がプレゼントを買う。
バレンタインのチョコをくれる女の子もいないので、親がチョコを買う。
別に買わなくてもいいのだが、少なくとも母(祖母)は買う気だ。

私は、息子が家族チョコを渡せる年齢まで育った事に感慨を
覚える
と共に、これからずっと私のバレンタイン相手は息子なのかと
苛立ちを禁じえない。
「家族チョコなんていらねえええっ」といつか反乱を起こされて
しまうか、じっと堪えてもらい続けてくれるか。
いずれにしても、思春期の男子にとって家族チョコは悲しく複雑だ。
クリスマスと違って 家族からの場合、チョコ限定と言うのが、また悲しい。
手作りのマスコット付きとかは、家族チョコにはないのだ。
付けられても困るだろう。

「ママちゃんの誕生日の次の日は、チョコをもらえる日」
そう、今日は私の母の誕生日である。
「明日はケーキで、火曜日はチョコだね!」
身体に悪そうなサイクルだ。

母「学校にはね、チョコ持って来ちゃだめだから、学校行ってる子は
チョコはもらえないんだよ
」
息子「そうなの?」
母「そうなのっ」

ではダイソーの100円コーナーは何故にあんなに手作りチョコグッズで
溢れているのか、チョコが手作り出来る事を息子は知らない。


甘くて美味しいチョコレート。
「虫歯になる」だの「鼻血が出る」だの「これは大人の食べ物だ」だの
言われて、時にはいきなり取り上げられてしまうチョコレート。
堂々と持たされるのは遠足の時くらい。
それが人からもらえると言う。息子は2月14日を覚えてしまった。

ちょっと気になったので聞いてみた。
「バレンタインデーに女の子はどうして男の子にチョコをあげるの?」
「好きだから」
理由などどうでもいいと言う事があからさまな言い方で返事が戻った。
好きだからチョコをあげる のではなくて
好きだからチョコをあげる なのだ。


そして行事の本当の意味が判った時には、年齢に関係なく
家族のくれるチョコレートに、うっすらと複雑な思いを抱くのだろう。
抱かないかも知れないが。









2006年02月10日(金) 失くし物。


失くし物。
見付かる時もあれば、結局見付からない事もある。

絶対置いたはずの場所に、ない。
いや、絶対置いたと思ったんだけど、うっかり他の場所に動かしたか。
じゃあ、どこへ動かしたんだろう? 判らない。思い出せない。

無くなって欲しくない物なんだけどなあ。
高価な物じゃないんだけど、微妙に縁起物。

部屋中探してみたけど駄目。今も探してる。


息子はずっと咳。風邪かインフルエンザか 初期症状ではキットでは
診断出来ないとの事。ワクチンを受けると、いきなり高熱と言う
事が少なくなる代わりに、インフルエンザか風邪か判り辛い症状が
長く続くケースがあると言う。去年もそれで、結局インフルエンザ。
でも、ワクチン止めるのもなあ。

ほとんど効果なしと言う人もあれば、罹っても軽く済むと言う人もある。
罹る時は罹ると言うのはもう判ってるけど、軽く済んでる気もするし。

しんどいのはインフルエンザがしんどいが、罹るとしつこいのは風邪。
大人でも1ヶ月以上ずっと治らない風邪もある。
インフルエンザは重篤化させなければ、10日かからず良くはなる。


こんな時の失くし物には苛立つ。誰かに意地悪をされているみたいだ。





2006年02月07日(火) 石とお風呂に。


何日か前に、石屋さん(パワーストーン専門店)に行って、随分と
色々な効能のある、綺麗な石を沢山見た話を書きました。

その時、それぞれの石の効能を書いた紙をもらった話も書いたのですが
肝心の石の使い方とか、そもそもパワーストーンとは何ぞやという
ごく初歩的な事を書いた紙が、二枚重ねになって効能を書いた紙に
くっ付いていたのを あとから発見しました。

パワーストーンは買っていい気分になってれば良いと言うほど単純な
ものでは、どうやら無さそうだと言う事を その紙を読んでようやく
私は知ったのでした。


石の力を引き出すためには、買ってそこらに放っておくのでは
どうやらいけないようです。


石と仲良くするために、最低3日、一緒にお風呂に入る。
入れない時は、常に身に付けておく。
石のメッセージ(波動)を受け取る。石の波動と共振する。

エネルギーが感じられない時、人に触れられた時は浄化をしないといけない。

浄化は流水にさらす、香でいぶす、水晶の上に載せておく
などの方法があるようです。

ここまでやらないとただの石、恋愛は叶わないわ痔も治らないわで
だから結構、大変な物なんですね。


石かあ。
実は色々な鉱石が採れる町で、子供に無料で好きな石を選ばせるイベントを
やってるのをテレビで観て、ものすごく羨ましくて、でもそこは遠い遠い
異国の地であり、いいな〜綺麗な石の採れる町って事で無性に石が欲しく
なったと言う、それだけなんですよね。

そこでは石に親しんで欲しいと、大人は言ってました。
パワーがどうのとかは言ってなかったけど、実は宝石の原石もがんがん
掘れる町なので、石は見るからにキラキラと綺麗。
子供は確か、一人10個くらいまで選び放題、いいな〜。
こんなイベントなら絶対息子を皆勤で出すのにと思ったもんでした。

うちの石はそこら辺にごろごろ転がしてあり、気が付いた人が片端から
触るので、パワーストーンから普通の石に一気に格下げ。
しかも、数日前買ったタマゴ型の石は、「真っ直ぐに立たない」と言う
奇妙な理由で息子の気に入り、結局あげてしまいました。
サイトの表紙の「砂漠の薔薇」。モノマニアのS君にあげてしまいました。


インカローズは色味が綺麗なのと「バラ色の幸運、燃え上がる恋」と言う
花言葉ならぬ石言葉にいじましくもしがみついてまだ持ってます。
でもこれって、3日一緒にお風呂に入らないと結局効果ないんでしょうね。

「燃え上がる恋っ」とか願いながら石と3日お風呂に入るのかあ。
ちょっと悲しい事だけど、自分にはパワーストーンは向かないです。
だけど石自体は好きなので、パワーストーンのお店は石屋さんとして
これからも利用すると思います。






2006年02月05日(日) 片想いの話とか、スイートピーとか毒。


懐かしいアルバムを聴いた。
む、「懐」と言う字と「聴」と言う字はちょっとだけど似てるな。
塊魂(PS2のゲーム。未プレイの方は是非一度)みたいだ。
それはともかく。

懐かしいアルバムは昔々、片想いの人の家で聴いた物だ。
片想いの人は私より五歳、お兄さんだった。

恋に理由も理屈も要らない。その人の事が何故好きなのかも
当時の私には全然判らなかった。

趣味も話も、全く合わなかった。合う部分を必死に探したが
中々見付からない。そうなると、どちらかがどちらかに合わせるしか
ないのだが、彼が私に合わせる理由はどこにもないので
私が早見優を聴く事にした。
それと北斗の拳も少し読んだ。

私は当時、営業陣のお茶入れ係りだった。
そこはやっぱり乙女なので、とても丁寧に入れる珈琲と薄くても
いいかな?で入れちゃう珈琲
が出ても致し方ないと言うものだ。
一番丁寧に、好きな人の珈琲を入れる。
どうせろくに口にせずに、さっさと外へ営業にってしまうのだが
実は喫茶店で良くサボっていた。余り一生懸命仕事する人ではなかった。
判っていても、そんな事は関係ないのだった。


「今日も朝、優ちゃんの声で起きたんだ」
「私も優ちゃん聴きましたあっ。いいですよね優ちゃんの歌はっ」

思い出すだけで、もういやんなっちゃいそうな会話だが、恋は魔法。
カラオケで早見優を歌う私。あと、その人が好きな歌だと言う事で
松田聖子の赤いスイートピーを熱唱する私。
「♪せんろ〜のわ〜きのつぼ〜み〜はあ♪」

スイートピーは線路の脇に咲くんだろうか?野生のスイートピーは赤い色を
しているのだろうか。何となく聞けずにしまい込む。
北海道ではスイートピーは野生化していない。冬を越す事が出来ないからだ。


運が良い事に、好きな人の飲み友達が 私を良くからかって遊んでくれる
お兄さんだったので、飲みに行く時は良く仲間に入れてもらった。
好きな人の言う事は、実は当たり前すぎて面白くなかった。
魅力的でも、ちっともなかった。
でも毎回毎回、念入りに相槌を打つ。恋とはそう言うものなのだ。
「オレの言う事、判ってくれるのは焙煎だけだよ、なあ焙煎っ」
判ってないけど・・・といつも内心では思ってて、思っている事が
ばれるんじゃないかとびくびくしていた。
気の合う方のお兄さんが、全部見通したような目でニヤニヤしながら
こっちを見ていて、随分腹が立ったものだ。
だけど歳が幾つか上なだけで、当時は全くかなわない気がした。


どうしてそう言う経緯になったか、その辺りが定かではないのだが
好きな人の家にお邪魔する事になった。
そこは古い6畳と4畳半くらいのアパートで、壁に優ちゃんが
貼ってある
かと思ったらそんな事はなく、殺風景だった。
ステレオがあって、万年床がある。

優ちゃん大好きと言ってた割に、優ちゃんのレコード(当時)はなく
ジャズと洋楽のアルバムが何枚もあった。
その中で、私が持っているのと同じアーティストのアルバムを見付けた。
「これ、好きなんだよね。聴く?」

そこで、そのアルバムをかけて貰う事にした。
良く知っている曲を、来た事のない場所で聴く。

考え方も価値観も違う。その事についてあれこれ話したいと言う
気持ちにもなれない人。
同じアルバムをたまたま持っていたと言う事以外は、何の話す事も
本当はないのだと言う事に、気が付き始めていた。
それでも好きだってのが、やっぱ恋とゆ〜もんなんだろう。


当たり前のように私は失恋してしまう。あいたたた〜だ。
その後の彼については、ほとんど全く判らない。
ただ、やっぱりそのアルバムを聴くと、当時の自分の 良く言えば純情
悪く言えばかなり頭の悪そうな言動の数々が浮かんで恥ずかしい。


ちなみにスイートピーだが、原種は元々レンガ色をしているそうである。
つまり赤に近いのだ。園芸品種で様々に色変わりした物も野生化すれば
元色の赤に近くなる事は考えられる。線路脇で野生化しているかは
ちょっと判らない。作詞の妙かもしれない。

全く関係ないがスイートピーの仲間(レンリソウ)には毒がある。
スイートピーにも毒はあって、頚椎麻痺と言う変わった症状が
牧草地で野生化したスイートピーを食べた羊に見られたそうである。
園芸品種については、食べるのが怖いので正確な事は判らないが
線路脇のスイートピーも、食べない方が無難だと思う。












2006年02月01日(水) レストランにて。


一人で入れる、小さめな、食堂とレストランの中間みたいなお店。
一応、イタリアン。

病院帰りに、一休みする。この店は何年振りだろう?
以前来た時、ここには大根と水菜とホタテのサラダがあった。
サラダは好きだけど、玉ねぎはお腹が痛くなっちゃう私は、
それが食べたくて、ここへ来たのだった。
だがそのメニューは無くなっていた。

「あの、このサラダとこのサラダとこのサラダの中で玉ねぎが
入っていないサラダはありますか?」
「申し訳ありません。全部入っているんです」
(泣)

余りの悲しさに「スパゲッティ大盛りにして下さいっ」と言うのを忘れた。
盛りが少ないんだよね。そう言う部分って変わらないんだよな〜。


隣りに家族連れが座った。ベビーカートに乗った子供さんの顔は見えない。
でもカートに乗ってるから小さい子だ。ずっと泣いている。
30代の初めかと思われるお母さんは、化粧っ気のない地味な人だ。
「うるせえなあ。氷でも食わせとけよ」
お父さんの発言に、耳を疑う。思わずお父さんをみてしまう。
ホリエモンから、へらへら感を抜いたような、かなりな人物が座っていた。
「どうせ、あんた他のもの食べないんだから、ほらっ氷食いな!」
と、これはお母さん。地味な雰囲気からはちょっと想像し辛いお言葉遣いだ。

子供は静かになった。口に氷を突っ込まれたかららしい。
大きな氷でなければいいのだがと、少し心配になった。

夫婦の会話が聞こえて来る。隣席であるせいもあるのだが、声が大きい。
そして、まあ余計なお世話なのだが、耳を疑うほど口汚い。
言葉は、私も結構がらっぱちではあるが、次元が違う感じ。
子供が氷を食べ終わったらしく、声が聞こえた。
「ああ、あああ」 片言もまだっぽい。
「うるせえよ」 と父。

スパゲティは美味しいが、やはり盛りが強烈に少なかった。
漠然とした怒りで胸が一杯になっていたが、お腹は空いている。
チーズオムレツなら食べられるかな〜と思った。

「済みませ〜ん。これ下さい」 「はい」

隣席に大きなピザが運ばれて来る。
「ああ、あああ」 と子供の声。
「どうせ食わないけど、少しわけてやりなって」 と母。
「うるせえよ、何でオレがやんなきゃいけねえんだよっ」 と父。
「ほら、お父さんがくれたんだよ!ちゃんと食いなっ」 と母。

運ばれて来た私のオムレツはオムレツではなくオムライスだった。
どうする私。もう、スパゲッティは食べているのに。
いや、このくらいなら何とか食べられるんじゃあ・・・

隣りの、特に父親の悪口は続き、非常に不愉快で胸は重くなる。
が、オムライス無事完食!アンド、デザ〜ト完食〜ッ!

母親も「食う」「しろ」「この馬鹿」と子供にかける言葉とは思えない。
昔の知り合いで、とてもとても優しい女性がいて、中途半端にその人に
顔が似ているところが、個人的に何ともやりきれない。

結局、大食い選手権みたいなテーブルを残し、私は席を立った。
その時初めて、隣りの席の子供の顔が見えた。
2〜3歳くらいの男の子だ。小さなピザを手に持って、こっちを向いて
にこにこしている。だから私もニコニコしたのだがっ

父親がいきなりこっちを向いた。わあ、怖い。目もあわせられない。
しかもずっと見ている風。子供に因縁でも付けていると思っているのか。
ものすごく怖いので、会計に急ぐ。

良く、虐待を受けている子は表情がないと言うから、あの子は身体的な
虐待
は受けていないのかも知れないなと思った。
だが、言葉の虐待を受けている。全ては正確に思い出せないが
明らかに劣った者を軽蔑する言葉ばかりで、厳しい中にも愛情が
感じられる言葉はなかった。外だと余計に、普通は気を使うんだけど。
父親は 時折だらんと椅子に寝転ぶ真似をして、親の躾の悪さ丸出しだ。

食堂は喧騒に包まれ、みな各々の話をしているようで、絶対に関心は
この親子に向いていたはずである。それほど目立っていた。

子供の方を向いたら、またニコニコするのは判っているのだが
それを知ってて無視して、会計に向かった自分が何だかひどく情けなかった。

子供が呼びかけた時「うるせえよっ」と怒鳴った父親。
他人事さ、ああ他人事だとも。だが、許せん。
でもやっぱり、あれは親子で、親子として完成された形なのだ。彼らなりに。
後味が悪い。その割に良く食べた私だ。

スパゲッティのあと、オムライスまで食べられるとは
自分で自分に、少しビックリした。







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