☆空想代理日記☆
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昨日は何もしなかったし、何も起こらなかった。
砂糖を口のまわりにたくさんつけたまま外出もしなかった。爪をうっかり切りすぎることもなかった。
白い野生猫『るのあ〜る』が人間の指をくわえて現れることもなかったし、パソコンは爆発しなかった。
何かをしようともしなかった。無気力というふわふわした感覚が形になって不逞者に浸透してくるようだった。
それもあってか、テーブルの上の消しゴムのカスも捨てないままだった。ティッシュを使って丸めて捨てようと最初は思っても、丸めたまま消しゴムのカスの横に飾った。
廊下を歩いていて足の小指をぶつけることもなかった。実に嬉しいことだ。
祖母がとつぜんやってきてお小遣いをくれることはなかったし、年金暮らしに飽きてしまい海賊になっていたという事実もなかった。
何もしないということは、たくさんのことをするより大変なのだとわかった。なぜなら息もできるだけしなかったので、不逞者はひじょうに辛かったからである。
不逞者、明日からはスケジュールをぎゅうぎゅう詰めで生きていこうと強く誓った。
昨日の夕飯はちょっと王様気分だった。なんとなく革命が起きたようでもあった。
エビフライにタルタルソースをつけて喰べたからだった。ほぼかたまりに近いのにソースなので、ものすごく偉い人になった気がしたのだった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。以前、近所にある遊歩道のことを日記で書いたことがあった(5月23日参照)。
その遊歩道にはホタルが出没する場所があるらしいのだった。これは見学に行かなくてはいけないような気がした。
頭皮がちりちりとする快晴のなか、まるで道路をすべるかのように、また泳ぐかのように結局は歩いていった。
さすがはホタルが出没する場所だけあって、荒涼としていた。がっぷり四つで荒涼のほうから向かってくるようだった。
例のごとく『&』で座った。すると斜め前方に墓地があった。火垂るの墓だ、なんてダジャレを考えている場合ではない。
誰もいないのに墓石の存在感は大きかった。むしろ、誰もいないから大きいのだろうか。
ともかく不逞者は怖い場所が嫌いなので、漫画のように走って逃げてきたのだった。
昨日は静かで穏やかな1日だった。隣家のおばさんが爪楊枝で「しいしい」している音さえも聴こえてくるほどだった。
そんななか、嘘のような本当の出来事があった。
茶髪で実に生意気そうな高校生が、ラジカセを手に持っていた。そこから見事な音楽が流れていた。
最初の5分ほどはユーロビートのようなダンスミュージックが流れていて、そのあとは小学生の声で朗読している音声が流れていたのだった。
いつもなら怒っているところであるが、あまりにも面白すぎて、そのまま聴き入ってしまった。その時、ゆっくりと親指を立てて不逞者は笑っていたのである。
近所で遊んでいた髪の毛のやわらかそうな子供たちも、人生で最高の『きょとん顔』をしていた。
それを視て不逞者はさらに笑った。加速していく面白現象にお腹が割れてしまいそうだったし、生意気な姪が転んだら「ざまあみろ」とも思えるのだった。
やがて朗読再生も終わった。何事もなかったかのように高校生は去っていった。いったい何者かはわからないが、オナラを細かく4回くらいに分けてしそうな変な人間であるのは間違いない。
今日の一言 日本にある不思議。西日本と東日本にある北国。
昨日は天気もよく、なぜかTSUTAYAではレンタルが100円だった。
いろんなところが爆発したり人が死んでしまうようなDVDをレンタルしてきて、素敵な午後を満喫しようかと思った。
しかし、外出に関する危険予知を不逞者は怠らないのである。つまり、TSUTAYAにはどんな危険性がひそんでいるかを考えた。
綺麗な女性と同じものを取り合って、恋に発展するどころか包丁で刺されてしまわないかと考えた。そのため、いつもより厚手の服を着たのだった。
そんな女性のことなどどうでもよくて、DVDを棚から手にとったら反対側にいた人と眼が合っていちゃもんをつけられないかと考えた。
その人は人差し指を鼻にさしていてなおかつ上目づかいであり、「こりん星からやってきました」と、不逞者に言ってこないかと考えた。
そのため、色の濃いサングラスをかけていこうと決めた。
すべての準備が整ったので、太陽光を避けるように歩いていこうと外にでたら、なんと夜になっていたのだった。
昨日は目醒めとともに我が家が騒がしかった。まるで祭りのような騒ぎだと思った。
どうやら不逞者一族の誰かが来ていたようだった。姉の娘、つまり不逞者にとっては姪にあたる女人が来ていた。
あまりにもうるさかったので軽く注意したところ、その女人はガタガタと震えてしまった。震度3くらいは記録したと思う。
こうして不逞者がいつも悪者扱いをされるシステムが円滑におこなわれた。姪もそれをわかっていて、大人の背後にまわってから不逞者のほうに「あっかんべえ」をするのだった。
そこで不逞者、なんとか姪を陥れる方法を考えた。
姪が持ってきたおもちゃをあらゆる部屋に配置して、遊べなくしてあげた。
泣いたら許してあげようかと思ったのであるが、まったく泣く様子はなかった。なぜならそのおもちゃは、姉の息子、つまり甥のものだったのである。
不適な笑いを不逞者に送りつつ、姪は勝ち誇った表情をしていた。姉ともども性格の悪い人間たちだと思った。
あの異端児らと血の繋がりがある者たちは、すべてバカだといえる。ただし、不逞者を除いてである。
昨日は、今月いっぱいで店名がかわってしまう近所の大型書店へ行った。見納めかと思うと、すべてが悲しい雰囲気に感じた。
店内でかかっていた音楽も、店員さんの笑顔も奇妙な感じだった。
それよりも奇妙だったのは、旅行雑誌コーナーにいた外国人の会話であった。
はじめのうちは何かきな臭い取引でもしているのではないかと不逞者は思っていたが、近づいてみると、いなり寿司は甘くて美味しいだとか漬け物は素晴らしいなどと会話していた。安心。
しかし、あまりにも不釣り合いな会話だった。お腹の骨が折れてしまうほど笑いたかった。ただ、お腹に骨がないので困った。
ここの大型書店は、かなりの小説を扱っている。店名がかわるということは、店自体がかわってしまうことである。店がかわったあとでもこれだけの冊数を扱うのかが不安だった。
もし、経営が縮小されるようなことがあったら、店員さん1人ひとりに「へっどろっく」と「きゃめるくらっち」をかけてあげようと決意したのだった。
いまのうちから警備員さんたちを買収しておく必要を感じた。さて、何で買収しようか。
地上波デジタル対応でなおかつ大型テレビに強い憧れをもつ不逞者、昨日は電器店で1日を過ごしたのだった。
やはり店員さんは売り上げがかかっているのか、隙あらば不逞者のそばへ近寄ろうとしていた。
店員さんが2歩ほど不逞者に接近するとすかさず3歩離れて、不逞者の人間関係に必要な距離をとった。実に適正だといえた。
目玉商品である65インチのテレビの前にはマッサージチェアが落ちていて、それに座ってえらそうにテレビを視ることができた。
そのような人の道にはずれた行為をとろうとしたが、動かないと店員さんが接近してくるので、躰のこりはほぐせなかったのだった。
店員さんの一挙一動が気になるなか、カニ歩きのままで移動をつづけた。するとデジカメコーナーの前まで歩いていた。
大型テレビへの憧れが強いため、ちょっと大きめな消しゴムのような画面ではうっとりできなかった。
あの店員さんさえいなければ、貴族のようなイメージでテレビにかじりつけたのにと少しだけ恨んでしまった。今夜あたりイタズラ電話でもしようと思った。
昨日はジョギングで汗を流した。実に爽やかだった。たぶん。
天気が良かったためスニーカーのなかが蒸れてしまいそうであった。裸足で走ろうかと悩んだくらいである。生まれがアフリカなので不逞者にとってはなんてことはないのだった。
爽やかすぎる汗を流したあとは豪華な食事をして消費したカロリーを無駄にしたかった。どうやらフグが喰べたいと思っていた。
生まれが下関なので久々に故郷の味に舌鼓をうちたいと不逞者は考えた。
しかし経済的な理由から断念したのだった。
せめて食後のデザートだけは心に決めたものを喰べたかった。やはりなんといってもみかんに勝るものは何もないのである。甘くてちょっと酸っぱいやつである。柑橘系とか言っている人を視かけると、大人だな、とか思ってしまうのである。
生まれが愛媛の不逞者はみかんがなによりも好物だった。
どれも達成されることはなく、白いご飯を日本むかしばなし風にカッカッカカと掻き込んだのだった。それはもう破竹の勢いだった。漫画のような喰べっぷりだった。/font>
不逞者が住んでいるところから徒歩で5分ほど行ったところに素敵な遊歩道があって、そこに徒歩で5分かけて向かった昨日だった。
その遊歩道には小川が流れており、心にしみいるせせらぎを耳にしながら人類の平和を祈った。躰のなかから綺麗になるように感じた。したがって、いままでの不逞者の体内は汚れていたのだった。
不逞者の歩く右側にはずっとつづく小川があって、左側に果樹園と竹藪があった。
果樹園で作業をしていたおじさんたちは不逞者のほうをちらりと視てすぐに眼をそらしてしまった。ショックで眠れなくなりそうだった。
竹藪が感じのいい日陰をつくっていた。破れたストッキングや波うったエロ本など一切なかった。安心したと同時にがっかりもした。
竹藪に入るとどうしてもバッグに詰められている現金を捜してしまうのだった。卑しい考えだとわかっていてもやめられないのが不逞者の少年らしさだと思った。
結局、散歩にいったはずが宝さがしにかわってしまった。不逞者を目撃したおじさんやおばさんは皆、眉間にシワがこんもりと寄っていた。ショックで眠れなくなりそうだった。
今日の一言 人間は、本能で事や者や物が欲しくなる。手に入れることが難しいと感じた瞬間に、頑張ることを決意する。また、諦める。
昨日は久しぶりにいい天気だった。気持ちのよい1日となるはずだったが、爪切りをすぐになくしてしまう病気にかかっているため、ため息ばかりの1日だった。
かなりの勢いで太陽光がしゃしゃりでていた。なので不逞者は日陰だけをまるで飛ぶかのように移動したのだった。
不穏な空気を漂わせていた不逞者、気がつけば駅まで歩いていた。これから道に迷った時は、日陰を行けば駅まで行けるのだと知った。
駅には何の用事もないが、来てしまったものは仕方ないのである。駅弁を購入した。わざわざ電車に乗ってご飯を喰べるのはどうかと思い、また日陰を通って弁当を家に持ち帰ったのだった。
内容をあまり視ないで購入してしまったせいか、海老フライに海老シューマイに煮物にある海老などかあった。つまり、海老だらけだった。
目玉は海老だとわかったが、別のおかずにあった鶏肉みたいなのが1番美味しかった。しかし、家で駅弁を喰べていると情けなく感じた。
昨日は日曜日だった。先週も日曜日があったと記憶しているが、違う日曜日のようだった。
そして布団のなかでいろいろな作戦をたてた。その作戦というのは、腕を痛めつけたり足を痛めつけたりして不逞者が逞しくなっていくという現実の問題のことである。
作戦をたてはじめて間もなく、布団から出ずにご飯を喰べた。布団のなかでもいろんなことができるのである。
布団のなかは無限の宇宙空間が備わっているかのように、ある種の癒やしを与えてくれるのだった。
あまり天気は良くなかったけれど、どこでどうやってトレーニングしようかと悩みに悩んだ。
この間は、軽いジョギングのつもりがスリランカまで走ってしまったし、水泳した時はチリまで泳いでしまった。なので、じっくりと計画を練る必要があった。
しかし布団から右足を出すと、マードレが転んだという電話があった。左足を出したところでパードレが痴漢と間違われたという知らせが届いた。
布団から出ると家族に不幸があるので不逞者は結局、布団からは1歩も出られなかった。風呂に入らなかったのでおそらく不逞者、ひじょうにくさかった。
昨日は雨だったので、いぜん庭に埋めたプレステ2の本体を掘り起こした(4月15日参照)。産まれて間もない頃に生き別れた両親との再会のような感動はまるで感じられなかった。
その掘削作業を含めて不逞者がんばった。ご飯をもさもさと喰べるようにがんばった。
本当に庭に埋めていたのか疑っている人たちのために説明しておくと、本当に埋めてしまったりするのが不逞者の良いところなのである。
久々に野球ゲームに没頭した。コンピュータはずるい、と何度も呟きながら没頭した。返事がないとわかっていながら呟かずにはいられなかった。実に不逞者、大人気ないのだった。
何度やってもコンピュータには勝てなかった。テレビのなかにゲームの達人な妖精でもいるのではないかと思った。それくらい不逞者はへたれだった。
どうやったらコンピュータをぼこぼこに打ち負かすことができるのかを考えた。コンピュータの設定を弱くすると、それだけ不逞者が弱いということになるのでそれだけはやらないのであった。
やはりコンピュータを華麗に打ち負かすには、「ご飯をたくさん喰べなければならない」との結果になった。
今日の一言 パンダと呼ばれている白黒の熊がいる。あの白い部分をよく視てみると、黄色い。
一昨日にかなりの量の頭髪を失ったせいか、昨日はひどくくすぐったい1日だった。
風が強く、不逞者の後頭部を優しくなでているようだった。が、それと同時に背後から不逞者を視た人はしっかりとしたボウリングピンと間違えていたのではないかと思った。
少し切りすぎたかもしれないと、しばし考え込む。
放り出された石ころのような気持ちでいつもの病院へ向かった。
白衣を着た悪魔は「さっぱりしましたね」と言ってきたが、不逞者は後頭部をさわるとぱりぱりしているような気がしてならなかった。
診察を終えて帰宅した。
頭部がぱりぱりするから尻が痛くなるまでテレビにかじりついていようと思った。1人じょりじょりをしながらテレビにかじりついていようと思った。
でも考えようによっては、いつもより髪の毛が乾くのが速くなるので、いつもよりたくさんテレビにかじりつけるのだと思った。
近いうちにテレビをかじるための入れ歯をつくろうと思ったのだった。
昨日は、ここ最近ずっと調子が悪くもしかしたら鉄分が不足しているせいなのかもしれないと思い近所にある小学校にこっそりと忍び込んで鉄棒をぺろぺろと舐めてこうか悩んだが、結局行かなかった。
ところで久しく頭髪を切断していないことに気がついた。だから断髪することにした。都会のほうではエスカレーターの列が右だか左だかで問題になっているが、常にど真ん中に仁王立ちしている不逞者は断髪を決意したのだった。
久しぶりに出会った友人のA-2-C君は、以前よりさらにパワーアップしていた。顔面の強度が3割増という感じだった。
その、A-2-C君は 「どのようなデザインにしましょうか?」
などと、余所行きの発声方法が爆発していた。
すかさず不逞者、 「明治時代のダンディズム溢れる王様にしてください」 と、真顔で応えた。むちゃくちゃ奇妙な空気が漂っていた。
ただでさえ殺し屋のような風貌をしているのに、刃物をもっているのだ。なんとかお巡りさんに逮捕してもらおうといろいろ計画を練った。が、こんなどうでもいいことに使う時間がもたいなかった。
昨日は番長選挙に出馬するために、他人に多大な迷惑をかけてアピールしようと思った。
というような頭のおかしなことはどうでもよいのである。
昨日はなぜか右足首が痛かった。いままで生きてきたなかで足首をぶつけるような経験がなかったので、何が何だかわからなかった。
もちろん歩く時は踊っているかのようにぴょこぴょこしていた。
外にいる時は気が張っているのか痛みはあんまり感じないけれど、自宅での移動が大変だった。洗面所までも遠く感じたのであった。
鏡を視ていると不思議だった。もう1人の自分との対面は、冷静に考えると怖い。
どちらが本物なのかわからなくなるというか、錯覚みたいなものを起こした。
「どちらが本物の不逞者だろうか……」
なんてことを鏡に向かって喋っていた。マードレが心配そうに不逞者のことを観察していた。マードレも2人いるような錯覚を起こした。
マードレに向かって本物かどうかを訊ねてみた。本物だったら100万円ください、と言ってみたところ、やはり100万円はくれなかった。偽物に違いない。
昨日は、不逞者が独自の方法と理論に基づいて占い師のおばさんを逆に占うといった企画を勝手にたてたがやっぱりやめたという想像をして過ごした。
いつもの冗談のような切り口は無視してほしい。
ということで、近所にある野球場まで散歩にいった。人っ子ひとりもおらず、木々のざわめきと川の流れる音に囲まれてお金をせびられたりしたのだった。
誰もいなく助けも呼べなかった。独り淋しく2塁ベースのところにちょこんと座っていた。膝をかかえる感じでである。ちょうど、『&』みたいな形で座っていた。
知らない人が通りかかったら、不逞者のことを野球場の妖精かまたは地縛霊と間違えそうな状況だといえた。どうせなら妖精に思われようと、誰が通りかかってもいいように、不逞者はずっと高い声を出して笑っていたのだった。
ともかく不逞者は、グラウンドに人差し指で友人の口に出せないような秘密を書いたりして自然の空気を楽しんだ。
野球場からの帰途、タケノコがたくさんはえている場所を通り抜けしようとしたら、怖い顔面のおじさんに「オメーか。タケノコ泥棒は」と追いかけられたのだった。あせった。
昨日は不逞者、発狂してしまいそうなくらい大変な1日であった。
いつだったかに軽い気持ちでたこ焼きについてのことを日記に書いてしまったことが原因だった(5月13日参照)。
無性にたこ焼きが喰べたくなってしまった。何も手をつけられないくらい頭がいっぱいになった。まるで、たこ焼きにプロポーズされて、その余韻にひたっているような感覚でもあった。
不逞者、たこ焼きに育てられたといっても過言ではないのだった。
ある時はかりかりとした表面をかじらせてくれた。またある時は、野球をしていてボールが無くなったことがあったが一緒に暗くなるまで探してくれたりもしたのだった。
もうたこ焼き以外のことは考えられなかった。夏休みの宿題を手伝ってくれたけれど、ソースをぽたぽたと垂らしていて結局、夏休みの宿題は提出できなかった思い出などが甦った。
宿題はきちんとしたのに先生は最後まで信用してくれなかった。
やっとの思いでたこ焼きを喰べることに成功した。が、しかし、外はかりかりしていなかった。
不逞者、とても残念な気持ちになった。
昨日も引き続き左肩の痛みがあったので格闘技の練習はおあずけ。一日中DVDを視て過ごした。
といっても画面には一瞥もくれず、DVDの裏の金色でぴかぴかしているところを視つめながらうっとりしていたのだった。
ということで何もしなかった。ずっとパジャマのままで日曜日が過ぎていった。
運動不足なのを気にしていたので、手首に捲くおもりをつけていた。が、重たくて立ち上がることもしなかった。トイレに行く時におもりを外して、部屋で座っている時にのみおもりをつけて過ごした。
それにしても肩が痛かった。その昔、スノーボードへ行った時に誰からも教わることなくすいすいと雪面を浮いているような滑りをしたあとに派手な転び方をして肩を傷めたことを鮮明に思い出した。
ただ、不逞者は冬には一切の外出を取りやめてしまいスノーボードはおろかスキーもほとんどしたことがないのだった。つまり、嘘をついている。
だが肩がひどく痛むのは本当である。数分おきに腕がつってしまい、ぴょんと腕が動くのだった。しばらくは電車などの人混みはいけない。痴漢と間違われてしまうからである。
昨日は、いつだったかに怪我をした左肩の調子が悪かった。かなりの激痛だった。小学生の頃、走り回っていて転んだ時に膝をすりおろしたことがあったが、それを数倍上回るものであった。
怪我といってもさせられたものであって、うっかり自分で怪我をしたわけではない。
いままでは加害者に責任を感じさせないように我慢していたのであるが、我慢する必要がなくなった途端に痛みだした。
なので、いろいろな作業に影響がでた。いつもなら200秒くらいで終わっているはずの作業も、なぜかできなかった。自分で頭をぽかぽかと殴ろうと思っても左手は動かせないのだった。
この200秒をロスしてしまったおかげで、ひどく息苦しい1日となった。
200秒あればいろんなことができたはずだった。外はカリカリのたこ焼きを焼いたりすることも可能だった。卓球の地区大会で準優勝することも可能だった。針に糸を通すようなコントロールで居眠りしている学生にチョークをぶつけるために、先生になることも可能だった。
しかし、200秒足らないせいでダメだった。
これが噂の5月秒なのかと思った。
最近、運動不足なため昨日は歩いて病院に行こうと思った。が、思っただけでやっぱりやめた。バスか電車か空飛ぶじゅうたんかステルス戦闘機かたんぽぽの綿毛に乗っていくかで悩んだ。
悩んだすえに出したこたえはタクシーだった。半人前のくせにタクシーなんかで移動してしまったせいか、誰かに怒れそうな1日だと不逞者は強く思った。
不逞者の通っている病院は最近、国立から民間に変わったらしく、内装もかなり違っていた。
ロビーにはパソコンのようなものが設置されており、いったい何のために使うのか目的がわからなかった。周辺にいたおじさんやおばさんに訊ねてみたところ、完璧に他人のふりをされてしまい無視されたのである。
耳が遠いのかと思った不逞者、少しだけ大きな声をだした。そのやりとりを視かねた看護士さんは、なぜかぷんぷん顔と白衣とカルテの3点セットで不逞者のことを怒ってきた。
どうやら看護士さんは、不逞者が老人に席をゆずれと脅迫しているように視えたようだった。
やはり、歩いて病院に行かなかったためにバチがあたったのだと確信した。
昨日は一転して大荒れな空模様だった。雨が降っていて空を見上げることはしなかったのに、なぜか模様がわかった。
雨とともに雷もすごかった。少年たちが空き地で野球をしていて、評判の悪い和風な家の窓ガラスを割ってしまったあとくらい強烈な雷だった。
大きな音が鳴り響いていたので、たくさんの人が驚きのあまり舌を噛んでしまったのではないかと思う。不逞者は運良く噛まなかったが、8回くらい噛みそうになった。おしいと思った。
それにしても見事な稲光だった。いつだったかに死んでしまった祖父が土のなかから出てきそうな感じだった。火葬されているのにどうやって生き返ったのかは、この際考えないでおいた。
雷の影響かどうかはわからないけれど、虫が地面でのたうちまわっていた。不逞者が窓の外から見かけた虫は、もはや虫の息だった。
当然、外出はしなかった。傘をさしたら傷害罪で逮捕されてしまうからだった。おとなしく自宅で食事を摂った。右手で箸と茶碗と皿と小鉢を同時にもって上手に喰べた。その頃左手は、いつ誰かが入院しても大丈夫なように、千羽鶴を折っていたのだった。
昨日もすごかった。両手足を縛られて四方八方から石油ストーブの高熱に囲まれているような暑さだった。まさに暴力的ともいえる気候だった。
頭のなかにあるぽわぽわした部分が太陽熱によって爆発してしまったようで、ところどころの記憶がないのだった。
とはいえ、「変な汗をかいちゃった」と言っていた人に、「変な汗とはどういったものですか?」なんて質問はしていないと思う。
また、記憶がないからといって唐突に坊主頭にしたくなって髪の毛を刈ってみたいと思ってはみたものの、最近購入したばかりのリンスを使うことがなくなり無駄になってしまうからという理由だけで坊主頭願望をおさえたということは、まったく無いのだろうと思った。
そして昨日は何もしなかった。虫メガネを蟻の巣に向けて太陽熱であぶりだそうともしなかったし、ラジカセを肩にかついでリズミカルな自己紹介などもしなかった。
時々、ご飯を喰べたりしただけだった。これからは太陽熱で記憶を失わないように、晴れた日は屋内でじっとしていようと決意したのだった。
昨日も信じられないくらいの快晴だった。額に汗がにじむ前にぬぐいたくなるくらいの快晴だった。
ここ最近、頭のなかは引越し計画でいっぱいである。しかし気がかりなことがひとつだけあるのだ。それは、『るのあ〜る』『ぴっける』『木村君』たち野生動物トリオのことだった。
せっかく心をひらいてくれた動物たちと別れるのは、大切に残してあったプリンを喰べられてしまうよりつらいことなのだ。
これもすべて、ミスター思いやりと全国各地で言われているかもしれない不逞者の功績である。
おそらく彼らもつらいはずである。ソーセージのおじさんが突然いなくなってしまうことは、ソーセージが喰べられなくなることだからである。
だが、引越し計画は確実におこなうのが不逞者の気持ちだった。
るのあ〜るがどこかから魚の骨をくわえて持ってきても揺るがないことだし、焼きたての香ばしい魚をぴっけるが持ってきても同じだった。
木村君の指示にしたがって穴を掘ってみれば、そこには眼球が飛び出そうな金銀財宝があったとしても無駄なのだ。
引越すその日まで、ソーセージを与え続けようと思う。
昨夜は、久しぶりに不思議な夢をみた。なので、そのことには一切ふれないでおこうと思う。
それから昨日といえば、太陽のにおいが間近で感じるほどに快晴だった。人間が太陽熱によって焼け焦げてないか、とても心配であった。なぜなら、布団を干していたのだが、2時間後には黒い巨大な海苔のようになってしまったからだった。
換気のために窓を全開したところ、部屋中に放置してあった紙類がめちゃくちゃに舞い上がった。一緒にかき集めてくれる女性がいたら恋におちてしまう状況なのであるが、実際はひとり淋しく集めた。
太陽を眺めていると、かなり眼が痛かった。それに、かなり危険な遊びを思いついた。海に向かって「バカヤロー」と叫ぶ練習を、空に向かって声を出さないで実行したのである。
顔見知りのおばさんは、右手を口にあてて、やっぱりあの人はそんなことをしてしまう人なんだ、というような表情をしていた。
しかし不逞者はやめなかった。羞恥心を捨てることが重要だと考えていたからだった。なので、ミッキーマウスのトレーナーに短パンで、さらに下駄をはいて実行したのだった。実は、これが夢である。
今日の一言 「する」「しない」で考える人より、「できる」「できない」で決断する人が多い。
昨日は連休の最終日でもあり格闘技の練習をしなければならない日曜日でもあった。
だが、悲しいことに雨だった。
高熱にうかされたとしても格闘技の練習をする不逞者、雨が苦手だった。寝違えて首が1080度回っていたとしても練習を怠らない不逞者、やっぱり雨が苦手だった。
雨が嫌いな理由としてあげられることは、水に濡れると女性に変身してしまうからだった。という、昨年のネタを引っぱってきてしまうくらい嫌いなのである。
仕方がないので、部屋の片隅に寄りかかったまま死んだふりをしていた。誰かが気づいて驚いてくれるとの考えだったが、誰も気づいてくれなかった。
それどころか両親は朝はやくに出掛けてしまっていたようで、誰もいない部屋で死んだふりをしていたのだった。
しかしここでやめたら恥ずかしさだけが残るので、しばらく死んだふりをしておこうと決めた。普段から電話は出ない人間だし、何ひとつ問題はない。
昨日はこどもの日だった。大人の日がないことに不満を感じながらの土曜日だった。
引き続き農作業の見学に行くことにした。だが、誰もいなかった。予想であるが、蜂蜜のカメをわきに抱えた黄色い熊でも出没したのだろうと思った。例の麦わらおじさんは避難したに違いない。
不逞者、どこかに熊がひそんでいないかとびくびくしながらその場をあとにした。
天気がよく気持ちのいい休日だった。どこかへ散歩しようと思ったが、どこへ行っても日本人がうじゃうじゃといるのだと思い、あっさりやめた。
休日になると、わざわざ日本人がたくさん集まるところへ行ってしまう人々の神経がちょっと理解できないのである。
こうしてうまいように人間関係がつくられているのだと確信した。つまり、人間が集まらない場所へ行きたがる人と、不逞者はとっても相性がいいのだろう。
ただし、めったに遭遇することがないのが難点であった。
結局、昨日は何もしなかった。頼まれてもいないのに結婚式のスピーチの練習もしなかったし、虫をつかまえて喰べたりもしなかった。
今日の一言 一言が多くて運命が変わってしまう時がある。しかし、一言が少なくて変わる運命もある。
昨日も快晴だった。何もなければ最高の休日である。
数年前から農業に興味がある不逞者、天気がよかったので農作業を見学することにした。体格が大きくていつもサングラスをかけているので、どこかの借金取りと間違われないか不安だった。
横目に入る不逞者を気にしながら麦わら帽子をかぶっていたおじさんは、動作が微妙にぎこちなかった。
ほとんどの作業はずっと前に終わっていたのか、雑草をむしったりしていただけで、なんの勉強にもならなかった。釣り人に話しかけるように近づいてはみたけれど、やはり離れていってしまった。
仕方なく爪先を視ながら畑をあとにした。
咽が涸いてたので、近所にあるローソンへ向かった。到着したそこは白い布で覆われていて、4月30日で閉店しましたという貼り紙だけぼつんとたたずんでいたのだった。
月末で閉店していたことをすっかり忘れていた。またもや爪先を視ながらさびしい背中をゆらゆらさせて二段階右折をしながら帰宅したのであった。
昨日はひじょうに天気が良く、外の空気を吸っておくことにした。
ただ、問題がひとつだけあるとするならば、春の気候はわからないことだった。なので、チャゲと飛鳥を足して歌唱力を抜きとったような恰好で出掛けることにしたのだった。
さすがは連休といった感じで、ある激安生活用品店では日本人が溢れるくらいいた。入口が右で出口が左だった。店内の奥のほうに角砂糖かなにかがあって順番に運搬している蟻の大群のようにも視えた。
あれくらい混雑していると痴漢などもまぎれてそうだった。スリなどもいそうだった。おでんの速喰いが得意な人もいそうだったし、アップルの発音で異常なほど唇を噛む人もいそうだった。
いまは人ごみにいたくはない状態なので、お先真っ暗な感じだった。80デニールくらいの暗さとも思えた。
人ごみにいたくない時にたくさんの日本人を視ていると、心が落ちつかなかった。自宅に戻って、浴槽を指先で力強くキュッキュッと鳴らしたくなったのだった。
その後は、行く先々でたくさんの日本人と遭遇した。毒薬を川の上流からたらせば、少しは人口が減るかもしれないと思った。
昨日は優雅にそして傷を癒やすために風呂にはいって頭を空白にした。
しかし風呂にはいるといろいろなことが閃いてしまうのだった。ふと急に、運動後にシャワーを浴びたのだが新陳代謝が良くなりすぎてシャワーから出たあとは運動の時より汗をかいた、なんて冗談みたいなことを考えた。
風呂にはいっていて1番浮かんでくるのは小説のアイデアだった。水に濡れないノートが欲しいと本気で考えたほどだった。
シャンプーしていると、いまひそかに書いているホラー小説のアイデアが浮かんできた。首をねじ切るだとか頭蓋骨をつぶすなどのアイデアがどんどん浮かんできたのだった。
リンスし始めると、メインは白いワンピースを着た黒髪の女性が深く関係してしてビデオテープを絡めたものしてはどうかなども浮かんできた。
躰の左手親指から洗っていると、死んだはずの母娘の怨念が関係するというアイデアが浮かんできたのだった。
ヒゲを剃っていると、物語はきりがいいように一週間で呪殺という結末が浮かんできて、だいたいのストーリーができあがった。
あとは類似作がないかを調べるだけである。/font>
昨日はショックなことが影響してか、一睡もしなかった。
過去に知り合いが亡くなってその死後に亡くなった人からメールが届いたことがある、ちょっとなかなか経験できないことをした人が原因だった。
その人は、ことあるごとにトラブルの種を育て、やがて原因と呼ばれるまで大きくした。その原因がさらに大きくなって大問題にしたのち、すべての責任を不逞者におしつけてくるのであった。自業自得の尻拭いをさせられて、不逞者はひどく迷惑したのだった。
人間に裏切られたせいか、心中穏やかではいられなかった。意味不明な詰問にショック以外のなにも感じなかった。
もうここの土地の人間は誰も信用しないことを決めた。どこか遠くへ行こうか、または安楽死の方法をいろいろと勉強したのだった。
ただひとつだけ不逞者の心にあることは、この寿命が尽きるまで一生許さないということだった。被害をこうむった不逞者にさらに責任をおしつけられて、何も考えられないし考えたくもなかった。
というわけで近々、引っ越しを予定している。今やるべきことは、この土地から速やかに退去することなのである。
昨日も快晴で休日だったので、河川敷にウォーキングに行った。なんだか若くして老後の生活をしているようである。
若者らしく肉体の限界まで歩きつづけようと意気込んでいたのであるが、なぜか休憩が多かった。まるで全身が老廃物でつくられているように感じた。したがって、どこをつまんでも無駄な部分になるのだった。
それから恐ろしいものを発見した。河川敷の芝生を改造して畑をつくっていたおじさんのようなおばさんがいた。あれは、どう考えても迷惑行為である。
しかし、その畑を小さな少年たちが荒らしまわっていた。大人として注意するべきか悩んだすえ、どちらも悪いので両成敗だと思った。なので視て視ぬふりをしたのだった。
休憩をほどよく挟んでいたのだが、汗はびっしょりかけた。それはもうすごかった。見知らぬ人々が心配するくらいの汗だった。
後ろから呼びとめられ、振り向いた時に躰が絞られてしまい水分がじゃじゃ漏れになるくらいとイメージした。ほかにニックネームを考えるなら、どろどろ人間というのが相応しい。
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