てくてくミーハー道場
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2008年11月26日(水) |
『海外公演座談会と舞踊のひととき』(歌舞伎座) |
おととい銀座で観た玉さんと、昨日浅草で観たなかむら屋父子に、本日東銀座で再会。
前半の座談会は、まあ特にコメントするようなものでもないので(コラ)
「舞踊のひととき」の方に、大変収穫あり。
まず、勘太郎&七之助による「三社祭」(素踊り)
二人とも前日まで浅草にいたからってわけでもないのだろうが、隅田川の香りがしました(笑)
とにかく、素踊りなのにこんなに面白い! と瞠目。
最近は兄弟の実力が拮抗してきて(昔は圧倒的に兄貴の方が上手かった)よろしおす(なんで京都弁?)
次も素踊りで、お父さんの勘三郎による「二長町」
これは、菊吉全盛時代に市村座のあった下谷二長町(現在の台東一丁目あたり)の風俗を描いた新作舞踊だそうです。
一人の踊り手が六代目菊五郎と初代吉右衛門それぞれの当たり役を踊り分ける、という、さりげにウルトラ難度な踊りでしたが、これはもう現在のところ、歌舞伎界広しといえども勘三郎にしか許されないわけだわ。(←口調が奇妙)
それはもちろん、「技量」という点でそう言ってるわけなんですが、もう一つ、観てる途中で「あっ!」(これまたでかい字で(_ _ ))と思ったのが、
勘三郎って、六代目と大播磨の“両方の”血を引いてるんじゃん。
ってことです。
六代目は、母方のおじいちゃん。
大播磨は、父方の伯父さん。
つまり、
六代目の娘と結婚した先代が、偉い。
ということ(☆\(−−;)コラ)
まぁそれもあるんだけど、何か、一瞬、ぞっとしてしまったのでした。いい意味で。
ただし、「血がつながってる」ぐらいで何とかなるほど芸道というものは甘くないのはご存じのとおりでありまして(べ、別に深い意味は・・・しどろもどろ)←それが、余計なコメントだっつーの
踊りに話を戻すと、素踊りなのに、出てくる役出てくる役「その役の扮装」してるように見えるのが、さすがなかむら屋だったのであるが、逆に言えば、素踊りだからこそ、熊谷が一瞬にしてお小姓弥生になれるんだわな。
獅子の毛振りまで、素踊りで見せたのには、むしろ、振り付けの発想の素晴らしさに感心しました。
トリを飾った玉さんの「鐘が岬」
これは衣裳つけて踊った。引き抜きのサービスもあり。
この踊りは、昔日生劇場で玉さんが「玉三郎舞踊全集」みたいなシリーズものの舞台をやった時に観た記憶がある。
他のもの(「鏡獅子」とか「楊貴妃」とか)と比べて、地唄舞なので、動きが少なく「心眼」で観なくちゃいけないのが辛かった(はっきり言うと、たいくt/略)ような記憶があったので、今回も覚悟したのだが、それどころか、(いつものように)「何でこんなに完璧に美しいのだろう?!」と、あわあわして終わっちゃった(←いつもながらアホ客全開)
どこの席から観ても、どのタイミングでも、美しい。
人間が「きれいだ」と感じる要素を、全て揃えてある。
玉さんて、素顔は、確かに端正で上品な方ではあるが、造作自体は、正直言って、そんなたいしたハンサムでもないn(コラ!)
い、いや、褒めるんです。これから褒めるために言ってるのです。
顔(歌舞伎メイクのこと)して衣裳つけると、人間じゃなくなっちゃう。
「美」そのものになっちゃう。(はい、そろそろ信者のタワゴトが始まりますよ〜)
そしてさらに、動き出すと「人間の肉体」じゃなくなっちゃう。
普通に生きてる人間の動きじゃなくなっちゃう。
普通に生きてる人間だと、年とってくりゃ筋力落ちて、普通に座ってても股開いちゃうし、猫背になるし、歩き方もペタペタとか、のしのしとか、なっちゃうし(それどころか、若い女でも、そういう人いっぱいいる。街中でしょっちゅう見かけるもん)
実を言うと、現在「人間国宝」である方の中にも、女方やってる時だっつうのに、なんか、どっか衣裳が引っ張られるのかしら、座る時に、一旦「ガッ」と股開いちゃう方がいて、一瞬にして“醒める”(か、見なかったフリする)ことがある。
玉さんには、それがない。
そういうことをしないために、日々鍛錬してるんだろうな、と思うと、嬉しくてたまらない(また出たドS観客意見)
やっぱ、『覇王別姫』の蝶衣は、玉さんが演るか、演技指導すべきだったよな、と再認識したのだった。
よし、録りっぱなしだった北京公演の「牡丹亭」(映画の『覇王別姫』で、蝶衣が、日本の軍人の前でちょっとだけ演じる演目)を、近々視よう。
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