| 2021年08月12日(木) |
恩師から電話。俺はよほどひどいことをしてきたに違いない、と言う。なんで、そんなことないじゃない、と言い返すと、そうでもなければ今こんな仕打ちにあっている理由が分からない、と言う。 3月に転倒して骨盤を骨折し、入院、手術。リハビリを経てようやくホームに戻れたと思ったら、高熱にうなされるようになり、再び病院に舞い戻ることに。手術が失敗していたことがそこで判明し、今、熱が下がるのを待っていると言う。 足が動かなくなり、手が動かなくなり、そして耳の頼りであった補聴器が故障したのにコロナのおかげで修理にも行けず、眼も眼鏡が合わなくなっているのかうまく文字が読めない。こんな状況になってまで生きている。よほど俺は人から憎まれることをしてきたに違いない、と。 私は、ふざけんな、と言い返したかった。先生、あなたは多くの生徒の師として懸命に生きてきたじゃないか、多くの生徒の師として頼られ、ここまで生きてきたんじゃないか。そりゃあその間に憎まれ役も買って出たことが多々あったろう、でもそれはそれ、だ。だから今のこの酷い状況が自分にはきっと当然なのだ、なんて言い方、しないでくれ。当然なんかじゃぁない。 「身体が辛いから電話もこの辺で切るけれど。オリンピックのマラソンのニュースを読むこともできなかったから、送ってくれないだろうか」「読みたいんだよねえ」。
図書館に行って新聞記事をコピーすることも考えたが、よほど文字を大きくコピーしなければ今の先生には読めないに違いない。考えた末、インターネット上のニュースを大きな文字で何種類もプリントアウトして、送ることに決める。
本当は。今すぐにでも飛んで行きたい。飛んで行って、先生の愚痴をとことん聞き倒したい。そうでもしなければきっと先生の心は膿でいっぱいいっぱいになっているに違いないから。でもそれがコロナのおかげでできない。何と憎たらしいコロナ。気づけば歯軋りしている自分がいる。 先生。 先生と国語演習の授業で出会った高校3年。今も覚えてる、先生が本を読むなと言ったんだ。今なら分かる、受験にふつうの読書は必要ない、という意味だったと。でも当時の私はそれが分からなくて、先生に喰ってかかるような手紙を書いて渡したんだ。翌日放送で呼び出され、恐々としながら先生のところへ行くと、一冊の詩集と分厚い手紙を渡された。「申し訳ない」という言葉がはっきりくっきり書かれた手紙で、先生が生徒に謝るなんて、と私は仰天したのだった。でも。先生が何故私に申し訳ないと書いてくれるのかの意味もすべて、その手紙には詰まっていて。私は涙したんだ。 以来、担任になってもらったこともないのに先生との縁は続いた。大学になって先生も研究室に席を移して、私はそこに通った。嬉しいことや悲しいことがあると、先生!とそこへ飛んで行って報告した。 大学4年の時私がパリに逃げたことがあった。逃げたのに、私は毎日毎日先生に絵葉書を書いて出した。何故だったんだろう。分からない、覚えていない。でも、私は毎日毎日先生にだけは手紙を出した。 ストレスから左手が動かなくなりピアノが弾けなくなった時も、誰の前でも泣けなかったのに、先生のところに行ったらぼろぼろと、ただぼろぼろと泣けた。 被害に遭い、一年経った頃先生にSOSを出した、あの時も先生は黙って助けてくれた。たかが週に1、2度の授業で担当しただけの生徒に、先生は、どんな時も精一杯真正面から向き合ってくれたんだ。 その先生が、自分は罰が当たってるに違いないと言う。そういう生き方をしてきたに違いない、と。だからこんな仕打ちに合うのだと。呂律の廻らなくなった先生の口から、そんな言葉が次々零れて来る。電話越し、私はぎりぎりと、ただ歯軋りする。 先生、先生の生き様を、多くの生徒が知っている。先生がどんなことを言おうと、先生がやってきたことを私たちは知っている。だから。
神様。お願いだ。もしあなたがいるのなら、先生の苦痛を少しでいい、軽くしてくれ。せめて手が動くようになるとか、それがだめでも、耳が聞こえやすくなるように補聴器修理に外出できるようになるとか、それっぽっちのこと、なんとかならんのか、神様。
私はあれやこれやの宗教の神様が嫌いだ。信じることができない。 でも、八百万の神は好きだ。自然の神は好きだ。だから、その神様たちに今全力で祈る。お願いだ神様。先生の苦痛をほんの少しでいい、和らげてくれ。 |
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