ささやかな日々

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2021年09月21日(火) 
21日は中秋の名月、八年ぶりに満月と同日だったとか。家人が息子を肩車して東の空からのぼり始める満月を指さしていた。でも。
美しい満月、という言葉が巷にこれでもかってほど溢れていて、私はそれになかば中てられてしまった感じがする今夜。確かに美しくてうっとりもするけれど、同時に、その美しさから僅かながら傲慢さを感じてしまうのは私だけなんだろうか。ほら、美しいでしょう?と差し出される月の手を、握り返したいとどうしても思えない。
私は下弦の、細い月の方が、落ち着く。ほっと、する。

乱視がいよいよ酷くなって、眼鏡を衝動的に作り直す。視力自体はまったく問題がない。要は乱視が酷いっていうだけなのだが。でも何だろう、眼鏡を作り直す、と決めたら気が楽になった感じがする。眼鏡屋で待ちながら、最近こんなふうに店に入ったのってどのくらいぶりだろう、と突如気づく。ずいぶんご無沙汰だった気がする。店に入って待つ、なんていう、どうってことのない行動。それさえも、していなかったのだな、と。
友人のお子二人が、ひとりは喘息で、ひとりは熱痙攣で、救急車で運ばれたという。ひとり待合室で待たされている友人とLINEでやりとりする。ここで待たされる最中の不安には慣れないなあと言う友人に、うんうんと返事をしながら、何故この友人には次々不安が襲い掛かるんだろう、と心の中で思う。次から次に彼女を見舞う災難。まるで、彼女に休む隙を与えないように神様が操作しているとしか思えないくらいに。神様、それってどうなのよ、と、私は空に向かって悪態をつきたくなる。

息子を寝かしつけるつもりが自分がうとうとしてしまった。はっとして起き上がる。息子はもう寝た後で。彼に布団を掛け直してから私は起き上がる。顔を洗ってなかったんだよな、と。
でも。正直、顔を洗う、ということさえもしんどくなる夜というのもあって。このまま横になって寝たふりでもし続けて気づかなかったふりをしようか、なんて思ってみる。シャワーを浴びる気力は間違いなく残っていない。ならせめて顔だけでも。這うように洗面台まで行き、洗顔料に手を伸ばす。セルフケアって簡単におざなりになれる。わかってるから、顔だけは洗うよう、踏ん張ってみる。

そういえば。ワンコとの散歩中、電信柱につかまって必死に啼き続ける蝉に会った。もう君の季節は終わったと思っていたのに、と思いながら電信柱につかまっている彼を見やる。まるで気配を察したかのように黙り込む蝉。私が一歩踏み出すとまた啼き出した。たった一匹の蝉の声が、辺りに響き渡る。
そして今、夜更けの闇を虫の音が震わしている。その振動が私の鼓膜を揺らす。日の出が遅くなり、日の入りが早くなり、そうしてこんなふうに虫の音が響き渡るようになり。季節は間違いなく次へ次へと進んでゆく。容赦なく。


浅岡忍 HOMEMAIL

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