ささやかな日々

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2021年10月05日(火) 
明日は新月だという。昨夜偶然、東の空に、爪の先のように細い細い月を見つけた。それは触れたらあっけなく折れてしまいそうなほどで。私はだからじっと、ここから見つめていた。しばしの月との対話。
野菫が次々花を咲かせるようになった。こちらも小さな小さな、菫色の花だ。ちゃんと見てやらないと、濃い緑の葉の色に埋もれてしまいそうなくらいだ。それでも花はちゃんと咲き、そして種を弾かせる。その営みの確かさに、私は植物の命脈を感じる。

どうして九月や十月というのは、慌ただしく事が起こるのだろう。いや、私じゃない。私の周りで、だ。私の周りの大事な人たちが次から次に事に見舞われてしんどい思いをしている。私にできることは何だろうか、とひたすらに自問しながら、とにかく駆け回っている。できることなんて実は何一つないのかもしれない。ただ寄り添って、待つことしか本当はできないのかもしれない。それでも。
「オーバードーズってしたことありますか?」
「あるよ」
「楽になれましたか?」
「一瞬は逃げられるけど、目が覚めてから地獄だよ」
「え?」
「飲みようによっては、目が覚めた時汚物だらけになってたりする。身体もぐでんぐでんになってる。救われない」
「…そうなんですか。楽になれないんだ」
「一瞬目を逸らすくらいはできるけど、でもそういう逃げにはツケが廻って来るように世の中できてるんだろうなあ」
「ははははは」
涙をこらえながら笑う彼女に、本当はもっとかけるべき言葉があったのかもしれない。でも、私には何も、浮かばなかった。他に何も。
何度もオーバードーズした過去がある。救急車で運ばれ胃洗浄され、入院を余儀なくされたこともある。汚物に塗れて目を覚まして、朦朧としながら体を洗ったこともある。要するに、オーバードーズしても、その一瞬だけなのだ、逃げられるのは。そして、逃げても結局、現実は変わらない。何一つ変わらない。むしろ、余計に悪い方向に傾くだけだったり、する。
オーバードーズもリストカットも、その場をやり過ごす、逃げるにはちょうどいいんだ。でも。
周りの大切な人たちを巻き込むし、事態は悪くなる一方だし、要するに、碌なことは、ない。

「死がリアルに隣にあってもうだめです」「明日まで生きられる気がしません」「もう引きこもりたい」「何もしたくない」。彼女たちの言葉が次々降って来る。分かりすぎるから、心がぎゅうぎゅうなる。でも、それを顔に出さないくらいには、私はもう、大丈夫になった。そのことを、強く知る。
そして、もう二度と、友達を若くして見送ることはしたくない、と思う自分が、いる。私は命を見送り過ぎた。死が当たり前に隣にあると思えるくらいに、見送り過ぎた。これ以上自分より若い命が消えゆくのを、私は見たくない。
できることを、とにかく淡々と、こなす。見えないところで走り回って駆けずり廻って、命を引き留めるために、ただ、ひた走る。それでも、死にゆく命はきっと、また、あるのだろう、けれども。


浅岡忍 HOMEMAIL

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