ささやかな日々

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2021年11月09日(火) 
年の差は埋まらないのだなということを痛感する今日この頃。

家人と私の年の差は九年である。どうやってもこの溝は埋まらない。どう駆け足で生きようと逆にゆっくり生きようと、この差は埋まらない。時は誰にも平等に流れているものだから、だ。
たとえば私が酷い五十肩になって通院が必要になって、毎週来てほしい、できれば三日に一度来てほしい、と言われたと告げても、彼にはその緊急性がまったく理解できないのだな、と。改めて痛感し、がっくりする。

それから。
自分のプライドがちょっとでも傷つけられると感情をぶちまけてくるのをやめていただきたい。
風呂上り息子が「父ちゃん酔っぱらってる。ずっと寝てる。僕ちょっと呆れちゃった」と笑いながら言ったその言葉を私が否定しなかったと、私を責め立てて来る。いや、事実を事実として呑み込んだだけなのに、まるで私がそう言ったそう言って嘲笑したかのような言い方をして私を責め立てるのはやめてほしい。非常に不愉快だ。

自分はあなたに気を使っている、と家人はよく言う。その気遣いをあなたは当たり前のように享受する、それを止めてくれ、という。
いやいやいや、私がまるでまったく気を使っていないかのように君は言うけれど、違うよね?君が気づかないところで、私は君にずいぶん配慮しているよ?ただそれを私は主張しないだけだよ?
君こそ、それを、当たり前、と享受しているのではないのかい?

「母ちゃん離婚するならボク母ちゃんについてくけどね」。息子がぼろっと言った。そんなことを言わせてしまった息子に、申し訳なさいっぱいで、頭をぐりぐりっと撫でた。そのくらいしかすぐにできなくて、できない自分が情けなかった。
「父ちゃん、怒る相手間違えてるよね。なんで僕に言わないの? 母ちゃんが言ったんじゃないのに。母ちゃんのせいじゃないじゃんね。おかしいよね」
家人よ、息子にこうまで言われて、それでもまだ私に文句のメッセージを送り続けるのかい?もういい加減にしてほしい。

ここまで書いて、やっぱり、誰かを悪く言うのって、虚しいなとつくづく思う。救いがない。どこまでも坂道を転がり落ちるような虚しさ。こういうことを日記に書くことのさらなる虚しさ。もう、やめよう。

明日はきっといい日になる。いや、いい日に、する。


浅岡忍 HOMEMAIL

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