ささやかな日々

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2021年11月10日(水) 
すこんと抜けるように晴れた朝。息子と一緒にクリサンセマムの種を蒔く。息子が黄色のアップライトイエローの種を、私がノースポールの種をそれぞれ。大きくなれよぉ、と声をかけながら息子が蒔くので、私も心の中、おっきくなぁれ、と呪文を繰り返す。
ぶどうの種を蒔いたプランターから出た芽は、どうも宿根菫のものらしい。が、新たに一個、ぐいっと頭を持ち上げてきた子がいる。今種の皮をかぶったままなので分からないが、この子こそ、ぶどうの芽なんじゃなかろうか。早く葉が開かないかな、いや、こんな、これから寒い時期に芽が出てきて果たして大丈夫なんだろうか等々、あれやこれや創造しどきどきしている。
頭がくわんと揺れる現象が続いている。洗濯物を取り込む時、持ったままぐわんと頭が揺れ、もう少しで倒れるところだった。気を付けないといけない。のぼせるとも違う、眩暈としか言いようのない感じなのだが、これで転倒したら眩暈どころの話じゃ済まなくなる。また階段落ちなんて、もう二度と御免だ。あの辛さは味わいたくない。
薔薇のうどんこ病の具合はだいぶ回復に向かってきた。新芽を次々容赦なく摘んだおかげなんだろうが、そのせいで幾つもの蕾も無駄にしてしまった。これからまた花をつけてね、なんて樹に向かって言ってみるが、それこそ都合がいいってもんだとも思う。本当にごめんね。
それにしても風が強い。干した洗濯物がびゅるびゅると風に煽られている。でも冷たくない、ぬるい風だ。「母ちゃん、今日暑いね」と息子が言う。確かにこの季節なのに暑い。風も南西方向からの風らしい。

ヨガの帰りに珈琲豆屋に立ち寄る。この季節に出るノエルという豆が好きで、こまめに買ってしまう。クリスマスが終わるとなくなってしまう豆だから、つい買いだめに走ってしまう。その店の入口に、クリスマスのチョコレートが飾ってあり、あ、これは息子が喜びそうだなと手を伸ばしてしまう。クリスマスツリーのチョコとサンタのチョコ。並べて立てておいたら喜ぶんじゃなかろうか。豆と併せて購入する。

明日は撮影。急遽決まった12月の二人展の為の撮影だ。失敗するわけにはいかない。機材の点検は済ませた。できる準備は全部した。したはずなのだが、心配性の自分は何度も鞄の中を覗いてしまう。いやいくら覗いたって変わらないよと思うのだが。
洗濯機が壊れて、給水がまったくできなくなって、明日新しい洗濯機が届くまでは桶で水汲みをしては洗濯している。家人と息子の洗濯物で一回、ワンコの洗濯物で一回、タオルで一回。つまり三回洗濯機を廻すのだけれど、全自動洗濯機の威力ってこんなにもあったんだ、と今更ながらその存在のでかさを痛感している。洗うたびに水汲み、すすぎのたびに水汲み。延々続くこの動作。さすがに肘と手首が痛くなってきた。全自動洗濯機様々なんだなと、つくづく思う。

昨日雨の中次の加害者プログラムの為の打ち合わせに行ってきた。S先生と向き合い、あのテーマどうだろう、このテーマはどうだろうと話し合う。いつも思うのだが、加害者のひとたちに通じるように、伝わるように、言葉を選ぶのが結構難しい。彼らはいつだって自分の加害行為=問題行動から目を逸らすから、言葉の選び方を間違えるとあっけなく彼らはそっぽを向く。自分の問題行動を他人事のようにしてしまう。でもそれでは意味がないのだ。きちんと向き合っていただかねば、無意味なのだ。彼らの認知の歪みは、半端じゃぁない。
ようやくテーマを決め、その言い廻しも決まる。
「先生、ここまでしないとだめなんですかねぇ」
「だめですねえ、彼らはすぐ逸れていきますからね」
「そういえばこの本(薬丸岳著作)加害者本人と加害者家族らの物語なんですが、こういうの読んで彼らは想像しないんでしょうか」
「しないですね。他人事というか、自分に近づけて読むという行為は彼らはまずしない」
「私なんて読みながら、いちいち立ち止まって考えずにはいられなかったんですがねえ」
「ですよね。その想像ができないのが彼らなので…」
「…ですね」
帰り道、そんなふうにそこまで彼らを頑なにさせているものって何なんだろう、とぼんやり考える。答えは、容易には出ない。


浅岡忍 HOMEMAIL

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