| 2022年01月05日(水) |
写真をあれこれいじっていたらあっという間にこの時刻。とてもじゃないが今晩中には終わりそうにないので一旦休憩。お友達が送ってくれた珈琲を淹れてみる。それにしても冷えてきている。窓の向こうで大気がピンと張り詰めているのが見えるかのようだ。天気予報によると明日は一時雪になるらしい。それだけ冷えているということか。
極力テレビニュース等からは距離をとるように努めている。自分のトラウマを逆撫でするニュースが多いからだ。特にこの時期は、そういったことがきっかけで激しいフラッシュバックなどを起こすことが多いから気を付けている。のだが。 ふと見かけた、亡くなった芸能人の、急死直前のやりとりの音声データ、というニュース。ほんの数行読んだだけで吐き気がした。この構図、関係性、まさしくDVとでも言わんばかりの勢いがある。「死ねば?」「みんな喜ぶんじゃない?」。もうこの二言だけで十分なのに、記事は延々と続いている。私は目を逸らし、呼吸を整える。 かつて恋人からのDVに晒されていた時期があった。私はそれをDVだと認識できず、自分のせいでこうなるのだ、自分が悪いのだ、と無駄な努力を日々重ねていた。それがもう当たり前の構図だった。 「消えろよ」「おまえのせいだ」「おまえの」。そういった言葉を幾千幾憶叩きつけられたあの頃。言われなくても可能なら消え入りたいと何度思ったことか知れない。言われなくても分かってる、私なんていない方がいい、私なんてここにいるだけ害悪だ、私なんて。そうやってひたすら、私は自分を責め続けていた。追いつめ続けていた。 私はその恋人と数年つきあったけれども、一体どうやって別れたのか、記憶が残っていない。主治医曰く「解離していたんでしょうね、日常的に」。途切れ途切れの記憶の中、彼はいつも嘲笑めいた表情で私を見ていた。もはや軽蔑するような、私を完全に見下す視線。当時私は、自分が受ける当然の代物なのだ、と、それを受け止めていた。何をされても意志をもてなかった。 十年ほど経って、レイプ被害に遭って、一年後病院に駆け込んで。主治医から、この被害だけではないはず、とぐいぐいと突っ込まれ、私は気づいたら時を遡り、洗いざらい主治医に喋っていた。そこで、一冊の本「バタードウーマン」を渡された。「あなたがされてきたことは間違いなくDVだから。暴力だから。あなたはそれを拒絶していいの。あなたにはその価値があるの。逃げていいのよ。逃げてよかったのよ。それはあなたの当然の権利だったのよ」。 親からの精神的虐待、恋人からのDV、そしてレイプ。それだけで正直、おなかいっぱいだ。もういっそ、人生放棄したいと思うくらいには十分生きた。でも。 十代、生き辛さのピークだった。二十代、家を飛び出したことでようやく呼吸が楽にできるようになった。三十代、生き辛くてたまらなかった十代二十代に比べれば、多少なりではあるが生きられるようになってきた。そして四十、ふっと肩の力が抜けた。五十、ようやく年齢と自分の内奥が交叉するようになった気がする。
「消えろ」「死ね」「死んじゃえば?」「どっかいっちまえ」「おまえのせいだ」「おまえは汚い」「おまえは」。 そういった言葉たちでとことん追いつめられ貶められた経験。できるなら二度と思い出したくないけれど、そうもいかないようだ。私は向き合わざるを得ないらしい。自分の傷たちと。 悲鳴さえあげられず。洗脳され、まるで操り人形のように意志という意志をすべて奪われ、ただされるがままだった日々。消えてしまいたい、と何度思ったことか。でもその意志さえ奪われ、ただ、言葉の暴力に晒され続けた。あの日々にはもう二度と、戻りたくない。私は、嫌なものは嫌だと言えるようになりたい。違うのなら違うと言いたい。遅すぎるかもしれないが、私は私を取り戻したい。私自身の為に。 |
|