ささやかな日々

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2022年03月11日(金) 
今朝も空は霞んでおり。たぶんそれは花粉のせいなんだろう。すべての輪郭がぼんやりと霞んで、光が乱反射しているようだった。そんな中での日の出は桃色と橙色の絵具をたっぷりの水で溶いてのばしたような色合いで。生まれたての黄味のような太陽がゆっくりと昇って来たんだった。今日もまた太陽は少しだけ東に位置をずらしていた。律義な太陽。私はそうして定点観測を済ませ、早速弁当作りに励む。
鶏もも肉を一口大に切って、塩コショウした片栗粉をまぶす。焼き色がつくまで焼いたら照り焼きにする。にんにくと生姜をすりおろしたものをたっぷり混ぜたおかげで、朝から部屋中に匂いが。これはちょっと苦しいと慌てて窓を開ける。窓を開けても寒くない時期になったのだなと改めて知る朝。
息子は一昨日から描き始めた迷路を今朝も描いている。もう5ページ目に突入していた。一体どこまで描こうというのだろう。果たして終わりが来るのだろうか。でも彼は、とても集中して描き続けている。何が面白いのか私にはちっとも分からない。でも自由帳に向かって描き続けている彼の顔は、確かに輝いている。
息子は幼い頃こそ物語を好んだがこの頃はふしぎ事典とかなぞなぞ事典を選んで読む。私や娘にはない発想を彼は持っている。気になる分野もまったく異なっているようで。興味のないことにはちっとも振り向かない。とても分かりやすいベクトルの持ち主。
家人や私が一生懸命物語を読ませようと試みたが全て無駄に終わった。つまりそういうことなんだろう、今彼は物語を欲していない、むしろ謎を発見して面白がる。私や家人には全く通じない言葉をぺらぺら喋って「ね、すごいでしょ!」と言ったりするからずっこける。いや母、全然分かんない。
出産時彼や彼女を見、畏怖を抱いたのは、もうすでにそこに私には理解不能な、別個の宇宙があったからだ。ああ私の理解をゆうに超えてこの子たちは飛んでゆくのだなという予感があった。今実際ふたりとも私から羽ばたいてあっちゃこっちゃの空を自由に飛んでいる。勿論そこで躓きもするがそれでいい。
結局人間、自分で痛い思いをしてはじめて実感・納得できたりする。他人がどう世話を焼こうとそれは所詮余計なおせっかい。だからもっと飛べ、どこまでも飛べ、娘息子よ。疲れたら樹の枝や岩陰で休めばいい。世界はいつだって君たちを信じてそこに在る。

今日は通院日でもあり、慌ただしく家を出る。空いた席に座りまだ読み終えられてない本、信田さよ子著「加害者は変われるか?」を開く。なかなか読み終えられないのは、一言も取りこぼしたくなくて、三行読んでは一行戻り、ということを繰り返しているからだ。とても大切なことが書いてある。私には必要なことが書いてある。そう、思う。
カウンセリングで、何がきっかけだったのかよく思い出せないのだが、気づいたら子どもの頃の話をしてしまっていた。担任から受けた執拗な虐め。今もありありと思い出せる、あの当時受けた虐めの数々、その場面映像。不思議とすべてカラーで思い出される。ゆっくりとスローモーションで繰り返し再生されるその場面映像。よく擦り切れないものだなと思ったりする。いつだって鮮やかで、私はその鮮やかさ、くっきりとした輪郭加減にちょっと圧倒されたりする。
話はとりとめもなくて、だから終わりがなくて、曖昧なまま時間が来てしまった。宿題を出され、「でもね、あなたの場合、忘れたら忘れたでいいわよ。真面目に律義に何もかもやろうとしないでいいからね!」と言われてしまう。苦笑しながら、私は部屋を出、次の診察に向かう。
主治医と先日の腹部の激痛について話をする。筋が委縮・硬直しがちな私の身体のケアのために特定のサプリを飲むよう勧められる。帰りに買って帰ってね、とメモを渡される。先生の字はいつ見てもちゃんと読める。走り書きでも、一字一字くっきり書いてくれるので助かる。昔の主治医の字はミミズが這ってるみたいな流れ文字で、解読するのがひどく大変だった。
今日は3月11日。あの日のことを思い出す。私はこの街の片隅で、帰って来たばかりの娘を出迎えているところだった。突き上げるような大きな揺れに見舞われ、娘はうわぁと大声を上げながら通りに飛び出していったんだった。私は何故か部屋の大きな電化製品が倒れないようにと抑えていた。今思っても謎だ、何でそんなことしていたんだろう私は。そうしてじきに来た静けさ。娘のところに飛んで行くと娘はけらけら笑って、すごいね、すごい揺れだったね、何これ、とせわし気に言ったんだった。びっくりすると笑い出すところがあった娘ゆえの笑いだった。酷く晴れた日でもあった。
後で知った、福島のこと。原発のこと。津波のこと。じんちゃ、ばんちゃたちが巻き込まれたこと。逃げ遅れた親戚もいたこと、そういった諸々のこと。後で、知った。
あの日のあの時刻を思い出しながら、私は今日も空を見上げた。あの日見たくすこんと晴れた空だった。ワンコと散歩しながら、その時刻に立ち止まり、空を見上げながら少しだけ祈った。じんちゃ、ばんちゃ、私はここで元気で生きてるよ。


浅岡忍 HOMEMAIL

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