2022年06月22日(水) |
日記を書くことも叶わないくらい昨日は疲れ果てていた、と、微かな記憶がそう言っているのだけれど、それ以上のことを思い出すことができない。本当に私の脳味噌は壊れていると思う。たった一日前のことさえ定かじゃない。どうかしている。 急に不安になって、予定表を見てはっとする。そうだ、昨日はH君との撮影だったのだ、と予定表の書き込みを見て思い出す。もしここに書き込みが無かったらと思うとぞっとする。きっと私は昨日のことを丸々思い出せずにいたに違いないから。 H君といろいろ話した。家族のこと、お金のこと、パートナーのこと。撮影の間中ずっとしゃべっていた気がする。気がするのだけれど、それ以上のことをこれまた思い出せない。微かに浮かび上がって来た映像の中、彼はいろんな話をまっすぐにしてくれた、という感覚だけが流れてゆく。もちろん私もそれに応じるように話したと思う。 H君が、生命保険を掛けた時自分は大人になったのだなぁと思ったと笑った、そのことを今くっきり思い出す。マンションを買った時とかじゃなく、生命保険を掛けた時、というのが、H君らしいなぁとちょっと思った記憶が。でもそれ以上のことを思い出せない。ほとほと自分の脳味噌を恨みたくなる。
今朝見事な曇天で、うねうねとうねる鼠色の雲が見事だった。少し前まで雨が降っていたことを、ミモザの葉についた雨粒で知る。そうか、こんなに降っていたのか、と。宿根菫の葉の上にも雨粒がくっついていた。きっと風も強く吹いていたに違いない。そうでなければここまで雨粒は届かない。 起き抜け立ち上がって気づく、足首の辺りから下が軽く痺れているな、と。このところ足のむくみが酷い。毎晩のように足がぱんぱんになる。でもこの足の痺れは何だろう。今度整骨院に行ったら先生に訊いてみないと。ちょっと不安。 久しぶりにヨガへ。やはり身体を動かすのは気持ちがいい。具合がいっとう悪かった頃は外出自体ができなかったから身体を動かすなんてことは思い至りもしなかった。そもそもあの頃汗をかかなかった。あれは何故だったんだろう。いつだって身体が冷え冷えしていた。 ヨガをやりながら、いつのまにか心が空っぽになっていた。夢中になってただ身体をうごかすことに集中してゆく自分。頭も心も空っぽとはこういうことを言うのだろうなと、ちらっとそう思った。でも思った直後また頭も心も空っぽになって自分の今に集中していた。 そのくらい集中してやっているのに、左肩の強張りは、一時間も過ぎると再び現れ、私をちくちく刺してくる。主治医から習った、身体をさらに強張らせて10数えてぱっと放す。それを繰り返しやってみる。これ以上痛むようなら薬を飲もう。でないと頭痛も運んできそうだ。 ヨガを終えた後、この集中力を読書に使おうと試みたのだけれど失敗。まるっきり読めなかった。本を開く、ということをまず叶えるだけで重労働だった、なんて言うと、なんだそれは、と思われるだろうけれども、でも、本当なんだ。 シャワーを浴びる、入浴する、これも一大決心をしなければいまだできない。一大決心をして、シャワーを浴びるんだ、浴びるんだ、浴びるんだ!と何度も自分に言い聞かす。しかしもう一人の私が反対のことをする。どうやって浴室から遠ざかろうか、と必死に考えている。あべこべ、ちぐはぐな私と私。 一事が万事そんな具合。思い返せば、常に右と左で別のことを考えている気がする。結局、一頁もまともに読めず、ちっとも先に進めないままで終わった。
それにしても今日は実にいらいらしている日だった。何をするにしてもいらっとする。ひとの声がそこにあるだけでまずいらいらするし、たとえば息子や一緒にいたCちゃんに八つ当たりばかりしてしまった。本当に申し訳ない。あとで謝ろう。 料理らしい料理ができる気がしなくて、これから夕飯を作ろうと思ってもまるっきり拒絶反応が。 こんなふうになるくらいなら、もうまるっきり何も覚えていない、というふうになるといいのに。こんな時、ヘルパーさんを利用できるならきっとずいぶん気持ちが楽だったのかもしれない、と思うと同時に私には無理と思う。何故なら、家に赤の他人を招き入れることがしんどいからだ。友人なら大丈夫。こんなふうにずるずるいつも身体が強いわけじゃない。赤の他人の時と友人の時と、本当に天と地の差なのだ。
結局、今もまだ夕飯の後片付けをこなせていない。これを書き終えたらできるかぎり向き合ってみよう。 最近本当に、集中力が続かない。斑、だ。それが、正直、かなりつらい。 |
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