Shigehisa Hashimoto の偏見日記
塵も積もれば・・・かな?それまでこれから


2004年03月18日(木) 声に出して読みたい男はつらいよ第1作

2年半前から、ひっそりと、しかし着実に予定を消化していた「寅さん全作大放送」が来週の今日、すなわち3月25日に最終回を迎える。途中から本編カットが入ったりするなどなかなか不満も多かったが、奇麗な画質で放送してた点など評価するところも多い。何より、この一連の放送で寅さんファンになった人が結構いるらしく、古参のファンとしてはその点においてテレビ東京を最大限に誉めそやしたいと思う。しかし、新規ファンの中にはシリーズの中途から見始めたため、最初の方の作品を見逃している、というケースも多いようだ。これは由々しき事態である。「男はつらいよ」の初期作品を見ずして寅さんを語るのは、カレーライスをルーをかけないで食べるのと同じぐらい馬鹿げた行為なのだ。何とか第1作のスジだけでもつかんでおいて欲しい。そうすればカレーの代わりに福神漬けをたっぷり乗せたカレーライスを食べているぐらいの価値があるはずである。そこではたと思いついた。この日記で第1作の粗筋を書けばよいのだ。それも巷にいる批評家っぽく解説を加えつつ書くのだ。さすればこの日記に目を通した人は第1作を見たくなること請け合い、例えば会社の上司に寅さんファンがいても上手く立ち回れること間違いなしである。お暇のある方、是非お読み下さい。

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この映画は主人公・車寅次郎(渥美清)のモノローグから始まる。柴又を出奔した理由と、流浪の生活を続けてきた経緯を語り上げるのだが、のっけからとても聞き応えのある名調子である。渥美清が美声の持ち主であることを早々と観客に印象付けることに成功していると言えるだろう。独白が終わると、この第1作以来27年48作変わることなく繰り返されたオープニングが流れ、次いで草を食んで粋がっている寅次郎の姿が映し出される。寅次郎は題経寺でつね(三崎千恵子)に会い、とらやに舞い戻り、ついに妹・さくら(倍賞千恵子)との涙の再会となる。ところが、感動がピークに達したところで寅次郎が「しょんべんしてくらあ」と言い放つ。この落し方が非常に上手い。「笑って泣いて」を標榜する人情喜劇の面目躍如である。

翌日、さくらは見合いを控えており、昨夜の深酒で泥酔している竜造(森川信)の代わりに寅次郎が同席することになる。行きのタクシーの中で寅はさくらに偉そうに講釈をたれるが、実際の席では失態に失態を重ね、ついには悪酔いしてお見合いをぶち壊しにしてしまう。見合いのシーンはエスカレーター式に笑いが高まり、同時に寅次郎のダメっぷりがしみじみと伝わってくる仕掛けになっている。さらに翌日、さくらは縁談を断られ、憤慨した竜造とつねは寅次郎を叱りつける。ところが寅次郎は悪態をつき、止めに入ったさくらや裏の朝日印刷の工員・博(前田吟)を巻き込んでの大喧嘩が展開される。ここでの森川信と渥美清の対決は、二人がまぎれもなく一流コメディアンであることを証明する格好の場である。竜造が寅を殴り、「これはおめえの親父のゲンコツだぞ!」と説教すると、寅はすかさず「笑わせるな、親父のゲンコツはもっと痛かったい!」と返す、このセリフの流れが素晴らしい。結局、寅次郎は反省し、”けじめ”として「とらや」を出てゆく。江戸川の土手で舎弟の登(秋野太作)とさくらが止めようと必死に叫ぶが、寅次郎は「そこが渡世人のつれえところよ」と呟き、去っていく。このシーンは古くからある仁侠映画のパロディーである。

ひと月後、「とらや」に御前様(笠智衆)の娘・冬子(光本幸子)から手紙がくる。奈良で病気療養をしていた折に寅次郎に会ったと言う。冬子は柴又に帰ってくるが、冬子に一目惚れした寅もシレっとした顔で帰ってくる。一方、工員の博はさくらを好いていて、さくらの方もまんざらではないが、まだはっきりとした関係にはなっていない。ところが寅次郎がその間に割って入り、「俺の妹は大学教授の嫁にするんだ、お前らみたいな卑しいやつにはやらない」 と自分のことをすっかり棚に上げてものを言い、怒った博と対決することになる。博が寅次郎に「もし、あなたが今の僕と同じ気持ちだったら、僕と同じ行動をするはずだ」とインテリ的発言をすると、寅次郎は「お前と俺は別な人間だぞ。俺が芋食ったらおまえの尻からプッーと屁が出るとでも思っているのか」と妙に理屈っぽいことをいう。寅次郎のこういうところが実に面白い。愚かで憎めない反面、神経質で変なところを気にするという心性は、はるか昔に存在した日本人の縮図のようでもある。

さて、お互い腹を割って話しあった後は、一転して寅が博の応援役を仕る。「一度だってもてたことのない」寅次郎が、博に恋の手ほどきをするのである。これだけでも馬鹿みたいに可笑しい話だが、さらに畳み掛けるような展開が待っている。さくらの気持ちを聞いてきてやると、寅はわざわざさくらの会社まで出向き、ちっとも本題に入らぬまま、さくらの適当な受け答えを「ダメだ」という意味に曲解して、博に「あきらめろ」と伝えてしまうのである。寅次郎の無茶苦茶さが炸裂した場面として特筆に価するだろう。玉砕したと思い込んだ博は、「とらや」に駆け込み、これまでの自分の思いを告げて工場を出る。事情を飲み込めないさくらは寅を問いただし、事の顛末をようやく理解して博を追いかける。「とらや」の面々は、またもさくらの恋心が踏みにじられたと寅次郎を罵倒する。タコ社長(太宰久雄)の「お前なんかに中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか」、竜造の「出て行ってくれ!」、寅次郎の「それを言っちゃあおしまいよ」など、後々まで繰り返し使用される珍セリフはここで粗方出揃う。みんなからさんざ責められて腐っている寅次郎の元にさくらが帰ってきて、博と結婚することを告げ、その了解を寅次郎から得ようとする。このシーンは実にしんみりとする。今まで二人の恋を邪魔してきた寅に結婚の許しをもらおうとしているのである。流石の寅も自分の愚かさを悟る。さくらの無私のやさしさは逆説的に寅への批判となっているのである。

そして場面は一気に川甚での披露宴へと飛ぶ。博は父親(志村喬)と反目しており、結婚式には来たものの、双方とも口を利こうとしない。これには義を重んじる(と自分では思っている)寅次郎の怒りが爆発するが、父親はスピーチの壇に立つと、さくらに対して涙ながらに感謝の礼を言う。博と父親は和解し、寅次郎も心の底から祝福する。この場面もペーソスが効いていて、本当に見るのが心地よい。さくら夫婦は新婚旅行へと飛び立つ。

かねてからの懸案事項がなくなると、いよいよ寅の中の恋の虫が騒ぎ出す。朝な夕な冬子のもとに出向き、一声二声言葉を交わし、有頂天で帰ってくるのである。噂はすぐさま町内に浸透、そのことを知らないのは寅次郎ただひとり。こんな調子の片道切符だから、一方的な破局の日も当然やってくる。いつもの様に冬子のもとにやってきた寅次郎は、彼女がまじめで頭の良さそうな青年と親しげに語り合っているのを目撃する。すごすごと引き下がり、御前様に訳を聞くと「これから結婚する予定だ・・・・」。これに続く寅の間抜け顔のショットは痛切である。しかし、これ以上に悲惨な現実が待ち受けていた。実はここからが本作品最大の見どころである。「とらや」でひとり酒を煽っていると、新婚旅行から帰ってきたさくら達と竜造・つね・タコが店に入ってくる。当面の話題は、なんと寅の馬鹿な恋愛沙汰についてである。とっさに寅次郎は押入れのふすまに隠れる。そうとは知らない面々は、徹底的に寅次郎の馬鹿さ加減を槍玉にあげる。いや、さくらだけはこの期に及んでも未だ兄を擁護していることを特筆しておこう。さんざん悪口を言って疲れた竜造は、さくらに押入れから枕を出すよう頼む。そしてさくらが押入れを開けると、そこには四角い顔をした男が真っ赤になってビールを飲んでいる・・・これを見た一同は逆に顔面蒼白。竜造は心臓までおかしくなってくる。寅次郎は怒りを必死に噛んで、妹が止めるのを聞かずに旅に出る。その後を登が追いかける。上野駅のラーメン屋で寅次郎は登に故郷に帰るように促す。しかし登は言うことを聞かない。兄貴みたいになりたいと言う。ここで我慢していた怒りが爆発する。「俺みたいな馬鹿になりたいと言うやつなんか邪魔だ、出てけ!」半ばやつあたりのような叱責である。登はラーメン屋を出てから泣く。何事かとラーメン屋の客が寅次郎を見つめる。寅は周りに人間に悪態をつきながら、ラーメンをすする。が、涙が出てきてまともに食べられない。それでも構わずハシを持ち上げる。しかし、やがて大粒の涙がこぼれてどんぶりにぽたぽたと落ちる。寅次郎は自分の愚かさを今さら悔しがりながらさめざめと泣くのであった。このシーンにはいい加減に生きてきた男の惨めさ、無念さがよく出ていた。まさに「男はつらいよ」である。

それから一年が経ち、題経寺にさくらとつねが遊びに来ていた。さくらの息子・満男のお披露目のためである。御前様は満男を抱き上げ、「さくらさんにも、博くんにも似ていない」と呟く。つねがたき付ける。「でも、誰かに似ていませんか」誰かとは勿論寅次郎のことである。「そう言えば、よう似とる」満男と寅が似ていると言うのは、第42作以降の満男恋愛作品の暗示ともとれる。なんとこの時点で、後のシリーズで展開されるのに必要なカードは全て出揃っているのである。以後の全ての作品でレギュラーメンバーは全く変更されることはなかった。それだけ第1作のフォーマットは強固だったのである。さくらは冬子の近況を御前様に聞く。もう既に結婚したようである。机の上に冬子当ての葉書きがどっさり乗っている。その中に、寅次郎のものがある。ここで再び手紙の内容を読み上げる寅次郎のナレーションが入る。その流暢さたるや、オープニングのそれよりもさらに勝っていると言える。寅次郎は喧嘩別れしたはずの登と共に元気良く啖呵売に興じている。空は青々と日本晴れ。劇判も力強く、まるで寅次郎を勇気付けるかのようだ。結局、寅は悲劇を三日のうちに喜劇にすり替え、今日も明るく楽しくに生きてゆくのである。これだけの内容がつまって時間は僅か90分。とてつもない密度の物語であった。

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いかがだっただろうか。あれこれ長く書いてきたが、本当のところは有無を言わず実物映像を見てもらいたいのである。「男はつらいよ」は何遍見返しても面白い作品だし、新たな発見が毎回見つけられる稀有な映画だ。ハリウッドの大作映画もいいが、たまにはこういう作品も見て、四角い顔の男に思いを馳せてもらいたいものである。


橋本繁久

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