武ニュースDiary

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2020年05月04日(月) |
「ELLE MEN 叡士」2017年4月号・2 |
昨日の続きです。
役の人物が生きることにこそ意味がある
2005年のピータ・チャンとの第1作「如果・愛(ウィンターソング)」からの12年間に、 金城武は10本しか映画に出ていない。 そのうちの7本が、ピータ・チャン、ジョン・ウー、ウォン・カーウァイという 3人の大監督の作品だ。
「よく聞かれるんです、どうしてこの人たちの映画にしか出ないのかと。 ぼくは縁だと考えてるんです、 彼らがくれた脚本がちょうどぼくの欲しいものだったんだと。 他の人からもオファーを頂きますけれど、ぴんと来ない、 あるいは自分にはできないと感じてしまうんですね」 意識的に出演本数を調整しているわけではないと言う。
情報が速いスピードで消費されていく時代にあっては、 作品の数や、話題や露出度、ゴシップに至るまで、 すべて芸能人が輝きを失わないようにするための手段となる。 金城武だけが、作品が少なく、表に出なくても、映画界での第一線の地位は不動のままだ。
12年間に中国映画の興行収入は20億元から450億元へと跳ね上がった。 こうしたことも彼には何の関係もないらしい。 長年日本の小都市に暮らし、昔ながらのおっとりした方法で脚本を選んでいる。 「チャン監督が脚本を送ってくれるたび、ぼくはお断りするんです。 ところが監督は諦めない。申し訳なくてそれ以上断れませんよ」
「如果・愛」の後、2人は"仲良し"になったという。 友情と習慣が彼がオファーをうけるか決める理由の一つだ。 「チャン監督はぼくを理解してくれているし、ぼくも監督のことはわかっている。 ある種の信頼があるんです」
今日の映画界が20年前とは雰囲気もスピードも変わってしまっていることを 彼はもちろん知っている。 芸能人は映画を掛け持ちしながら、バラエティーに出たり、モデルをしたり、 CMに出たりするのが普通になっている。 「多分ぼくはそんなに積極的じゃないんですね」 彼はちょっと笑った。 「掛け持ちは好きじゃない。映画に出るなら、その映画に集中し、 持っている時間は全てその作品に使いたい」
また、自分はチャンスに恵まれていると言う。 もっと多くの可能性を試してみたいという気持ちも自然にある。 しかし、ある映画に出演することが決まっても、 あちこちの現場でそれぞれ仕事をしている俳優やカメラマン、照明技師たちが 一堂に会するまで、便々と待たなくてはならないことが多い。 これで普通数カ月から半年かかってしまう。 「その間、他のことをしようにも間に合わないし。 出演本数が少ないのは、そのせいじゃないかな」
昨年ウォン・カーウァイがプロデュースした「摆渡人」は、 トニー・レオンと金城武がそろって再び姿を現すというので注目を集めた。 「ウォン監督から受けた影響は大きいですよ」 カーウァイのオファーを受けたときは、 長いこと監督とは仕事をしてなかったので、とても嬉しく、 カーウァイの世界に”遊びに“行こうと思ったのだと言う。
そもそも彼が初めて俳優の面白さを知ったのは「恋する惑星」撮影の時だった。 「あのときのチームはすごく刺激的だった」 毎日酔っぱらっていたカメラマンのクリストファー・ドイルを、彼は懐かしむ。 何をしたらいいかわからない俳優たちは心のままにアドリブをし、 不確かさを楽しんでいた。 「大勢で面白がって1つの物を作りだしたんです」
どの映画に出るときも、プレシャーはあると金城武は言う。 「自分に要求することはただ1つ、役を生きたものにすること、 それこそ、僕の唯一、かつ最も大事な仕事です」 彼はよく自分を「演技はできない」と言っている。 演劇学校卒でなく、演技を学んだことがない。 泣けと言われれば泣き、すぐまた元に戻れる俳優たちを羨ましがる。
「太平輪(クロッシング)」に出演したときは、 澤坤(ザークン)役の境遇が、日中混血である自分と似ていたので、 どう感情をコントロールし、泣き過ぎないようにするかがプレッシャーとなった。 「人の感情は喜怒哀楽、この4つしかないけれど、違う表情が出せるか? ぼくは、その人物を演じて生きた人間にできたら、 自分の表情はすなわちその人物の表情となって、 金城武が泣いたり笑ったりするのではない、と思うようになりました」
「傷城(傷だらけの男たち)」のトニー・レオンとの初めてのシーンで、 彼はプレッシャーのあまり、トニーの目を見ることができず、 その演技をひそかに推察するばかりだったという。 その手堅く、しなやかで、難しいことも何でもないように見せる演技法から学び、 自分の演技に磨きをかけた。
ファンはいつだって映画の金城武から素顔の彼を探ろうとするものだ。 1990年代、彼はスクリーンの中の、清潔で濁りのない、気ままな青春的存在だった。 「恋する惑星」と「天使の涙」の、純粋で、くどくど話し続ける、繊細なモウだ。 「ラベンダー」の人間界に落ちてきた天使であり、 「アンナ・マデリーナ」の寂しい調律師であり、 「君のいた永遠」の一人屋上に横たわる浩君でもある。 これらの役と彼はどのくらい共通点があるのだろう。
彼はそれには直接答えず、 「普通、人がオファーをくれるときは、もうすでにある状態を設定されている。 役の人物はこう、と決まっていて、先方はそれが先に頭にあって、 それに合わせてやってほしいと思っている」と言った。 彼にはあまり大きく変えることはできないが、 「力を尽くして、できるだけ特別なものにします」 「役の人物が命を持って初めて、スクリーンに存在する意味があるんです」 (続く) 
BBS ネタバレDiary 22:40
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