金物屋がドアを蹴破りでもして、中になだれ込んできたら、どう思うだろう? りんごビッチはもう縄梯子を窓から垂らしている。彼女は金物屋のことを気の毒に思った。自分が間抜けな金物屋より先に捕まるとは到底思えなかったからだ。ボロボロボロと彼の商売からボロが出るだろう。彼女はラジカセを忘れたことに気付いて一度引き返す。そしてベッドに転がった躯に目をやる。 「ほんとに美しい。」 思わず知らずに溜め息が出てしまう。りんごビッチは災いの元凶ともいえるその躯も旅に連れて行きたく思っていた。彼女が彼を支えて、彼の世話をし、彼と一緒にラ・スペインに会いに行くのだ。ラ・スペインはこの美しい男を花に包んで埋葬してくれるだろう。薔薇の香水を振り掛けてくれるだろう。 でも状況はあまりに切迫していた。たくさんのことがりんごビッチの頭の中を駆け巡っていた。それで、彼女はその男の夢のような金髪を切り取ることもせずに縄梯子を文字通り駆け下りた。
と、同時にドアがバタンと開く音。間抜けのくせして乱暴な・・・しかしりんごビッチはその次を考えれない。何故なら、既に彼女の旅は始まっていて、彼女自身もりんごビッチを捕まえておくことが出来なかったから。
ドヤ街を闊歩する少女の売春婦、誰もが彼女を振り返ったが、誰も止めることが出来ない。最初のタクシーを捕まえるまで、そしてそのタクシーの運転手はそんな彼女を見て、一目でその商売を見抜いたにもかかわらず、彼女に恋をしてしまい、また、彼女の方は車に落ち着いた、その瞬間にその町のことも美しい男のことも、間抜けな金物屋のことも、 きれいさっぱり忘れてしまい、目指すは銀色の砂、昏々と眠りこけてしまったのだった。
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