日常喜劇

2001年10月23日(火) 続・一日遅れたプレゼント<後日談・別>


「だいたい俺と密じゃ釣り合わないよな…」
 料理用にとって置いた一升瓶の、ほぼ半分を空にしつつ都筑はぼやいた。
 密はあんなに一生懸命生きてるっていうのに、自分はといえば相変わらずのぐーたら昼行灯。密なんて日に日に輝いてく磨かれた鍋の底みたいにピカピカなのに、俺は漂白剤でも落ちないガンコな汚れみたいにドロドロしてる…。
 落ち込み上戸な都筑はコップを片手にくすんと鼻をすすった。
「密に相応しい男になるためには…」
 と、いつに間にか話題が変化していたが、本人は違和感を感じていなかった。
「まずこの死にたがりをどうにかしなきゃ…」
 今度死にかけたら密が心中してくれるとは限らない。都筑は、もしに無人島に置き去りにされても島の原住民第一号になるくらいタフにならなければならなかった。男にも押し倒されないようにしなきゃだし、始末書くらいサラリと提出できなきゃだし、犬になる頻度も下げていかないと密に男として扱われない…!
 都筑はコップを握りつぶす勢いで強く掴んだ。
「やっぱ男は強くなきゃな」
 日本男子たる者、もっとこう、なんてゆーか物や言葉だけじゃなく、"黙って俺に着いて来い"みたいな強さを背中で表現するべきではないのか。
 ザザーン…ザッパーーーン…
 岩に砕ける波の(効果)音が聞こえてきそうだ。無人島云々の描写がマズかったのか、都筑はちゃぶ台に足をかけ、しばし海の男のロマンに浸った。
「やっぱ海の男に指輪で告白は似合わないよなぁ…」
 モノを渡すついでにコクるなんて海の男の主義に反する。止めといてよかったvと内心胸を撫で降ろしたが、都筑はそんなこと実行してないし、そもそも海の男ではなかった。
「だいたいなんでしょうゆさしで怒るんだよ…」
 しょうゆさしが無ければ不便だ。ものごっつ不便だ。指輪なら喜んでしょうゆさしだと怒るなんて納得いかない。必需品という意味ではしょうゆさしの方が絶対重要なのに。
「密はしょうゆさしの重要性を分かってない…!」
 都筑はだん!とコップをちゃぶ台に叩きつけた。
 しょうゆさしがなければ、料理の最後の隠し味として一滴落とせないし、なんかこう、精神衛生的に日本の食卓にはしょうゆさしがなければならない。
 だいたい、刺し身を食べるための小皿にしょうゆを入れる時、1リットルボトルから注いだら一体どんな悲劇が起こるか密は分かっているのか。いや分かっていない…!
 都筑は思わず握りこぶしを固めた。
 密にしょうゆさしの重要性を理解してもらわなきゃ…!
 どうせ今頃あのしょうゆさしは、大したモンじゃないってカンジに押し入れのダンボールに投げ入れられているのだ。重要性を理解されないまま押し入れの奥で埃をかぶっていく姿を思うと、都筑はしょうゆさしが不憫でならなかった。
「待ってろしょうゆさし…!」
 都筑は、朝から投げ込まれたままの朝刊を取りに立った。本来なら密には世間の厳しさってものを分かってもらわなければならない。しょうゆさしが料理にいかに重要か、しょうゆさしのない食卓がどんなにわびしいか、泣いて教えを請うて来るまで待つのがパートナーの役目だろう。
 しかし都筑は厳しさに欠けるパートナーだった。
「あぁ…俺ってなんて親切…」
 自らの行いに感動しつつ、都筑は○を付けたスーパーのチラシをFAXに押し込み始めた。


…一生分「しょうゆさし」て単語打った気分です…。
(言いたいことはそれだけか)


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