昨日の続きみたいなもの。
「モノ」の価値観とはいったい何だろう。答えは案外簡単に見つけることができた。それは「モノ」を手に入れるためにどれだけのエネルギーを費やしてきたのかということ。もちろん金銭的なことも含めて。人は自分がエネルギーを注ぎ込んで手に入れたモノには愛情が沸き宝物のように扱う。じゃあ、その反対は・・・。
僕らが音楽に目覚めたティーンエイジャーの頃、音楽を入手する方法はたった二つしかなかった。レコードを買うか、ラジオ(FM)を録音するか。それに比べて今は圧倒的な手軽さで音楽を手に入れることができる。
テクノロジーの進歩は凄まじい。特にアナログからデジタルに移行してからはそのスピードが更に加速しているようにも思える。確かに便利にはなった。僕自身もその便利さを十分すぎるほど実感している。だけど・・・。物事には常に対極が存在する。この場合の負の側面。それは、その恩恵を最大限に享受してきたはずの音楽そのものではないだろうか。
パソコンの普及は家庭内におけるデジタル環境を大いに促進させた。インターネットを利用したダウンロードやCD−R等のコピーメディアなどがその代表例だ。これは何を意味するのか。結論は断定的だ。それは音楽そのものの代価が限りなく無料に近づいていき、大量消費される時代に突入したということだ。
昨日も少し触れたけど、僕らはまだその過渡期を生きてきた世代。だから幸運なことに音楽の価値観の変化を身をもって体験できた。でも、生まれたときからその恩恵を受け、あたりまえのようにその時代を生きてきた世代に、かつての価値観を押し付けられるだろうか?
音楽が売れなくなったと言われはじめて久しい。冷静に考えればあたりまえのことだろう。音楽業界をとりまく環境はデジタル化と共に大きな変化を余儀なくされたのだから。
いいとか悪いとかの問題ではない。この環境の変化をどう受け止めるかの問題なのだ。今こそ音楽業界やメディアが取り組むべき使命。それは音楽文化の存亡に他ならないと思うのだが・・・。
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