2002年04月02日(火)<<<尊厳死とか
最近、親戚や知り合いが亡くなってます。 2月はお婆ちゃんが、 3月は田舎の商店のおっちゃん、 そして4月は叔父ちゃんが。
叔父ちゃんといっても、実のお婆ちゃんの弟だから、 そう、近縁じゃないけど。
一昨年当たりの正月、うちに来て、酔っぱらって 「おー、こんな酔っぱらいのロクデナシになっちゃだめだよぉ」 とかいって、 千鳥足で帰っていったおじちゃん。
なんとナイスなタイミングか、 読んでいた小説。
BAD KIDS BAD KIDS 海を抱く
2つとも、村山由佳さんが書いた本です。 いいと思うのですが、、、うん。
これの2作目の方。「海を抱く」って方に、出てきます、尊厳死。
私ねー 死ぬときは 交通事故死か 関東大震災で即死か 自殺が良いと思っていた。
自殺でも、苦しんだり生き延びてしまうのは駄目で。 なんつーか、 苦しみたくないんですよ。 リストカットでは死ねないと思うよ、アタシは。 度胸に持続性がないから、 一瞬でけりつけないと、駄目。 大体、 女は丈夫だ。 体内の血を3分の2以上失って、やっと死ぬ。
でね 癌とか、苦しむのでは、死にたくない。
最後の最後まで、医者は手を尽くすでしょ。 それが、嫌でね。
私の意識はとうに消えてしまって、 おそらく2度と目をさましはしないだろうけど、 それでも、 機械を繋ぎまくられて死を先延ばしにされるのが嫌だ。
命を水増しして薄めて生きたくない。 私も神を信じるから。 そこで死ねと、神がおっしゃるなら、それもまた運命。 ねじ伏せてまで生きたいとは思わない。
今はなんだか、生への執着など皆無。 なんだかなぁ。 てか、全てに欲望がないかも……やべぇかも。
だから、ね。 事故死とか地震でとか、自殺とか、 そーやって死ぬことを、考えてシュミレーションしてた。
そこに現れたのが尊厳死。
死の尊厳を重んじるから。 それは、自分の意志で、自分の意識のなくなったあとのことを、 選べるというか、遺書みたいに書き残すというか。
兎に角、それの書類を医者に提出することで、 機械に繋がれて最期の一瞬まで機械に呼吸を指図されずに、 自然に死ねる。
それが、自然だと思えた。
自分の家の、自分の寝室の、自分のベッドで死にたいとか、 そこまでワガママは言わないけど。 死ぬ瞬間まで機械や、医者や、自分以外のなにものかに 生かされるのは嫌。
自分で生きて、逝きたい。
真面目に尊厳死とか考えたくらい。 最近落ち込みが激しい。
亡くなったお婆ちゃんには、探して貰いたい命があったりする。
うーん、 死んだらどこに行けるかな。
そこにはパラダイスが広がっていてさ、戦争とか無くて。 ついでにhideサンとかジョンレノンとかの、歌聞けたら 良いネェ。
さて、朝日があがったよ。 もう、6時過ぎだ。
今年のエイプリルフールは嘘どころじゃなくて 生々しい、死の瞬間だったけど。
その死が、嘘だよって、笑うわけはなくて。
また、法事だ……ってブルゥだね。
あー バイト先がみつからねぇ。
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