umityanの日記
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| 2003年02月10日(月) |
昨夜見たテレビのなかの日本人神父 |
昨夜見たテレビのなかの日本人神父 at 2003 02/10 12:03 編集
昨夜、何気なしに見たテレビの実録映像はショッキングだった。南アフリカのエイズ患者のホスピス病棟で、ボランティアとして奉仕している神父にスポットをあてていた。 小さな子供を持った若い女性達や老若男女が最後の住処としてここに運ばれてくる。死の淵にたちながらも、生んだわが子の行く末を心配している。あまりにも過酷な現実。そんな中で、一人の日本人神父が一人一人に、希望をすててはいけないと励ましながら、骨と皮ばかりになった手足をさすってやっている。入所して一週間そこらで、皆、死んでいくのだ。なんということだろう。あまりにもショックだ。
また、大都会の超高層ビルの裏側は、貧民街。そこにも多数のエイズ患者がいて、神父はせっせと足を運んでいた。彼らの月収は三万円。エイズの発病を遅らす薬が六万円。到底、彼らの手の届くものではない。ただ、ベッドに横たわって死をまつばかりだ。神父はここでも一人一人に声をかけ、ほほずりしながら、希望を捨てるなと励ましていた。
そういう現実にありながら、社会は何事もなかったかのように、淡々とすぎていく。 外では子供達が、貧しいながらも元気で遊んでいる。どうしようもない現実を諦念の気持ちで受け入れているのだろうか。通りかかった神父は、そんな一人一人の子供達とキス(唇と唇を合わせて)を交わして挨拶をするのだ。そこにあるのは信頼関係そのものである。
日本の神父が、こういう形で、懸命に奉仕している姿を見たときに、日本人として誇りに思えると同時に、熱い涙を禁じえなかった。 今、日本は不景気のどん底にあえいでいる。比較はできないが、アフリカの彼らに比べたら、それくらいのことは我慢できないことはない。もちろん、世界中には、アフリカのこの現実以外にも、同じようなことが多々とある。
僕に何ができるのだろうか。ただ、そいう世界を尻目に、自分に降りかかる火の粉さえ払えないで、右往左往している。情けないことだ。
日本人神父に、本当にご苦労様と心から応援をおくりたい。
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