umityanの日記
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書吟を鑑賞して at 2003 05/25 22:46 編集
最近は全国いたるところで総会ばやりだ。 日本人は何故、こんなにも、会議や総会が好きな民族なんだろうと思う。僕は至って、会議などきらいである。出来れば、出たくない。それでも、やむなく行かねばならないときもある。昨日はまさにそんな日だった。
ほとほと、退屈な総会であったが、ただ一つだけ、感動したことがあった。 我々の仕事仲間の悲願であった会館が完成したということで、総会の後、記念式典があった。来賓の挨拶の後、高校の芸術学部の女子生徒10名による、「書吟」の披露があった。書吟というのは、漢詩の朗詠にあわせて、一気にその漢詩を書にしたためるというものらしい。はかま姿の女子生徒達は、皆、きりりっとしていて、すがすがしい。10名の名前が紹介され、皆、緊張していたが立派に一礼して、さあ、いよいよ始まりだ。
彼女達の後ろには、畳一枚はありそうな、和紙がパネルに固定されている。それぞれに椅子が用意されている。上に来る漢字は椅子に上って書かないと届かないのだ。詩の朗読にあわせて、一人ずつ、一気に書いていく。たっぷりと墨を吸った大きな筆が勢いよく、和紙を這う。墨が和紙を滴り落ちる。それでも、あまりに見事な作品だった。
椅子を上り降りすると、がたがたと椅子が揺れる。そのくらい迫力があるのだ。一瞬、大丈夫かなあーーと、心配になるが、なんのその、彼女達は一心不乱に書に向かっている。本来、こんなに大きな書は床に広げて書くものかもしれないので、パネルに貼って書くのは、難しいに違いない。それでも、なんのそのである。 詩の朗詠にあわせて書くわけだから、ゆっくり書く時間とてない。一気に書くわけだ。ただただ、お見事。
僕は、口をポカーンと空けて、腑抜け状態。ふと、会場の後ろの方を見やると、なんと、後輩の生徒達や、その父兄たちが、わんさと押しかけて、じーーーと、見入っていた。
忘れないように漢詩を記しておきたい。ただ、難しい漢字が一杯で、文字化けしてしまったので、読下し文である。
祝賀詞 河野天籟
四海波平らかにして瑞煙みなぎり。 五風十桑田を潤す。 福は東海の如くはるかに限りなし。 寿は南山に似て長えにかけず。 鶴は宿る老松千載の色。 亀は潜む紅漢万尋の淵。 芙蓉の雪大えいの水。 神州にほうはくして九天に輝く。
資料として配布された通釈を書くと、こうなる。 「四海波平らかで、めでたい雲がみなぎり、平和そのものの姿である。五風十雨も、その時を得て農作も豊かで、幸福は東の海の如く限りない。寿命も南山に似て幾久しく栄えるであろう。鶴は千年の色をたたえた松に宿り、亀は紅漢の深い淵に潜んでいる。芙蓉の雪、すなわち富士山の雪、大えいの水、すべてがおめでたい限りである。このような、瑞祥が、広く九天に輝いて日本国中に広がっている」。
いやああ、実にすばらしい。世の中はいつも、こうあって欲しいものだ。 書を披露してくれた彼女達に心からお礼を言いたい。僕がもっと、若ければ「およめちゃんに欲しいなーーー」と叫ぶところだが、指導の先生は、どうも僕の大学の先輩、しかも同じ学部らしいので、「この、大ばか者」と怒られそうなので、このへんで、止めておこう。 心が洗われたような一日だった。ボスも僕も酒に酔いすぎたのは、勇み足だったが。
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