umityanの日記
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2003年07月05日(土) 小旅行の後半。佳境から終焉へ。


小旅行の後半。佳境から終焉へ。
at 2003 07/05 20:05 編集

なんということだ。今、書き上げた日記を、弾みで消してしまった。情けない。と言うことで、書き直しだ。

ホテルは我々の貸切みたいに閑散としていた。宴会が終わり、「これでええんかい?」と、誰かが駄洒落を言った。皆、笑い転げ、二次会に行くことに。既に幹事さんが手配済みで、ホテル一階の「薔薇」という、スナックへ案内された。

中には、こぎれいなママさんが一人いて、嬉しそうに微笑んでいた。僕たちはコンパニオンさんたちを従えて、「わおーーーつ」と、おらびながら、ソファーに陣取った。畳からソファーへ。要するに座り物が違っただけで、宴会の続きが始まったわけだ。めいめい、歌に踊りにだべりに、いろんな花を咲かせて、どんちゃんさわぎだ。

まあ、こんなに気を許して、のんびり出きるのもめったにあることではない。まさに、研修旅行が慰安旅行に、はや代わりである。

僕は再び、歌ったね。「夢の途中」。「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束・・・・・・」。いいんだよなあーーーー。この詩。昔、僕を振った彼女のことを思い出した。そのとき、この歌があれば、僕はきざっぽく、そう囁いていたかもしれない。そのとき彼女は、どう返歌するだろうか?。ひょっとすればこうかもしれない。「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会わないための確かな約束」とか何とかね。これじゃあ、あまりに僕がかわいそうだ。「うえーーーーーん」と、いまさら、すんだことを嘆いてもしかたがない。男ならスパッとあきらめも肝心だ。

僕は旧式のカメラを持参していた。宴会からスナックまで、なんでもござれで、ぽんぽん撮っていた。36枚撮りのフィルムが終わり、24枚撮りにフィルムを交換した。「さ、どんどんいくでーーー」と、撮り続けたは良かったが、ディスプレーのカウンターがどんどん回り、既に40を越した。僕は最初、思った。「やはり、優秀なカメラはフィルムを無駄にしないなああ」と。ところが、これはとんでもない誤解。最初からフィルムが十分、固定されていなくて空回りしていただけなのだ。なんと、情けないことか。まああ、それでも宴会の方は、うまく巻き戻されていたから大丈夫だった。やれやれ、これで、面目だけは立つ。

やんやかんやと騒いでいると、コンパニオンさんたちのご帰還のタイムがやって来た。
僕たちは名残惜しそうな目で、彼女たちを見送った。もちろん、定番である、「又、会おうね」という言葉は、皆、忘れてはいない。「会うは別れの初め」とは、よく言ったものだ。一期一会の気持ちが理解できればこそ、皆、一抹の寂しさを感じるわけである。

スナックに火が消えたような空気が流れた。僕たちの癒しのタイムも終焉を迎えようとしていた。散々五合と、めいめいが引き上げ始めた。いよいよ、魔の就寝の時間がやってくるのだ。

部屋へ戻ると、なんと、馬鹿でかい「いなり寿司」がテーブルにおいてあった。ホテルが気を利かしたのか、幹事さんの配慮なのか定かではなかったが、いただくことにした。今思うと、これがいけなかったようだ。お茶をしこたま飲んだため、カフェインにやられてしまった。カフェインなんてと、高をくくっていた僕も、寝に就いた瞬間、頭が「きーーん、きーーん」と、興奮しているのだ。おまけに、興奮した頭の熱で、枕がぬくもり、寝返りの連発だ。頭寒足熱という言葉が、今日は、ありがたーーーい言葉に思えた
悪いことは重なるものだ。先に寝た仲間のいびきが僕の耳についた。一人ならまだしも、二人のいびきが交合に響きあう。「やまびこじゃないいんだぜ」と言いたいが、先輩にはそうもいえない。

てなわけで、ほとんど、眠らず朝を迎えたわけである。4時半起床。6時より朝の一番風呂。これだけは、早起きの特権だろう。
そろそろ、旅も終わりに近ついた。バイキングの朝食を済ませ、いくばくかの土産を買った。「行きはよいよい、帰りは怖い」で、皆、疲れたのか、無口のまま、帰路の旅についたのだ。

この後のことは、書いてもさして、面白くもないので、ここいらで小旅行の話を止めよう。
最後に教訓めいた言葉を一つ。
「やはり、枕が代わると眠れないなあ・・・・・。どこでも寝れるやつがうらやましいぜ」と言うことになるか。







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