umityanの日記
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2003年07月06日(日) 腑抜けから脱し、苦言を一言。

腑抜けから脱し、苦言を一言。
at 2003 07/06 12:45 編集

まだ、僕の腑抜け状態が続いている。旅から三日間連続で、アルコールに染まってしまった。もちろん、酩酊もなく、品行方正で通したので、問題はない。ただ、精神が腑抜け状態であることと、体が結構、疲れているようだ。てなわけで、今日の日曜日は、たっぷりと睡眠をとった。おやおや、今日も雨か。

ようやく、みなぎる闘志がわいてきている。明日からは、ばりばり仕事をしなくちゃ、お飯の食い上げだ。やったるでーーーーーー。

それにしても、ちょっと、娑婆世界から隔離されていると、世の中はめざましく動くものだ。大人だけではなく、少年たちの犯す事件にショックを感じている。
何はともあれ、子供の犯す事件は親に責任があり、そういう親を育てた社会にも責任がある。

豊かさの中にある心の貧困。貧困の中にある心の貧困。いずれも、社会が生み出した病気である。この心の貧困が、いろんな事件の根本要因であるように思える。病気なら治すことも可能なはずだが・・・・・。

本来、社会は豊かさの中に、豊かな心。貧困の中にあっても豊かな心を育てるものでなくてはいけない。
今、社会の改革が叫ばれ、どんどん、実行に移されつつあるが、どこを見ても豊かな心を育てる兆しが見えない。合理的、合理的に走るのは良いが、いつも、心が置き去りだ。建前と本音。要するに建前は立派だが、本音は貧弱ということだ。これじゃあああ、信用も出来ないし、心の改革なんてできっこないだろう。

今、こうやって、人間が、我々が生きていること。これはまさに、奇跡に近い。なぜなら、宇宙の神秘と同様。生命も神秘に満ち満ちているからだ。その神秘の中にあって、何億個という父親の精子のなかから、たった一匹の精子が競争に打ち勝って母親の子宮に到達した。そして、この僕が生まれたわけだ。これを奇跡といわず、なんといおうか。人は皆、それぞれ、神秘が織り成す奇跡によって誕生した。何億分の一の確率のなかから、偶然、選ばれて誕生したのだ。であるならば、もっと、「生」を大事に生きていいのではないか。

誕生後のいろんな環境が、人をいろんな方向に導いていく。人にいろんな学習を与える。当然、違った思考体系が生まれることもやむを得ない。ただ、生が誰にとってもただ一度の奇跡であるならば、その奇跡を他人が蹂躙する権利なんてない。このことを分かって欲しい。そして、心はいつも尊厳を持って、自由であってほしい。「尊厳を持った心の自由」とは、とりもなおさず、「優しさと愛」である。優しさと愛が、心の貧困を救う最良の道。最良の薬なのだ。なんだか、そう思える。

腑抜けから脱し、ちょっと、苦言をはいてしまった。さああ、明日からは、また、ノンベーの頑張りやに変身だーーーー。


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