umityanの日記
DiaryINDEXpastwill


2003年08月11日(月) お盆によせて。

お盆によせて。
at 2003 08/11 23:11 編集

いよいよお盆だ。毎年のことながら、いつも、心新たになる。先に逝った父、叔母、姪、それに、親しかった先輩等を思い出す。今頃、冥土でなにをしているのだろうか?。お盆にあやかって、里帰りの準備をしているのかもしれない。なんでも、お盆には牛馬に乗って帰ってくるという。時々、なすびに足をつけて、供物として置いてあるのをみたことがある。「へーーーおもしろいなーー」と、子供心に思ったものだ。

この時期は、正月と同じく、家族が連れ立って、里帰りをする。仏壇に帰ってきている先祖に近況報告をするためだ。こういう習慣っていいと思う。やはり、故郷は遠くにありて思うもので、時々帰るから、懐かしさもひとしおだろう。

そういえば、僕は盆に故郷に帰ったことがない。まああ、仕事が忙しいから仕方がないことなんだが。それでも、盆が過ぎて、恒例の高校時代の同窓会がある。毎年やっているから、たいしたものだ。僕も時間と金があれば、極力、参加するようにしている。先輩の同窓生はほとんど、顔かたちが変わり、誰か分からない。僕たちはもっぱら同級生たちと歓談する。互いに「老けたなあ」と言う言葉が常套文句だ。もちろん、母の所に寄るわけだが、老いた母の顔をみるのはつらい。いつも、後ろ髪を引かれる思いで、母の所を立つ。

ただ、同じ高校の同窓生ということで、酒が飲めるわけだから、日本って、本当に幸せな国である。桜が咲けば花見。年の暮れになると、忘年会。結婚式では祝い酒。葬式では精進落としで一杯。なんと、酒付きの行事の多いことか。ほんの一例を挙げたが、もうこれは、終止がつかないほどだ。
僕は酒の席はきらいなほうではないので、行事が多いことにはなんの抵抗もない。

お盆の話が同窓会と酒の話になってしまった。いずれにしても、人の死ほど悲しいことはない。生きとし生ける者の宿命ならば、悲しくても仕方がないか。ただ、往々にして人は自分の死に関しては、結構、無頓着である。なぜなら、自分が経験していない死だからである。経験していないことは語りようにも語れないのが当たり前だ。要するに、死が迎えに来るまで待つしまないのかもしれない。

石原裕次郎さんは、「港の見える丘に眠りたい」と言ったそうな。果たして、僕はどういうんだろうか?。まだ、考えていない。いずれ、父や、仲間のところへ逝くに違いないので、やはり、生前に考えておくべきなのだろうか?。うんんん、まだ難しいようだ。


umityan |MAILHomePage

My追加