umityanの日記
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2003年08月26日(火) 明日の糧を求めて行動。

明日の糧を求めて行動。
at 2003 08/26 12:29 編集

先週、土曜日は無事に同窓会を終えて、日曜日の午前7時に我が家へ帰還。そく、仕事の準備にかかり、寝る暇がなかった。それでも、なんとか、仕事をこなし、その夜は早めに就寝。いやああ、睡眠不足はこたえる。いつまでも、若い、若いと思っていたが、やはり、歳相応か。

まだ、同窓会の余韻を残しながら、仕事に向かっているが、もうひとつ、気合が入らない。秋近しのせいなんだろうか?。そういえば、ようやく、猛暑から脱し、ひたひたと秋の気配が忍び寄っている。盆過ぎてからは本当に暑かった。「これじゃあ、たまらないぜ」と思っていたが、先日、小雨がぱらついて以来、涼しくなってきた。「よかった」と思っていたが、何故か気合がもう一つ。うんん、これはどうしたことか?。

秋、やはり秋なんだなあーーー。秋といえば、木の葉が色つき、やがては丸裸に変容する。新しい息吹を迎えるための準備である。人間には紅葉はないが、やはり、秋から冬へ向かう季節は、活力みなぎる春を迎えんがための、終息期かもしれない。
僕の気力欠如を季節のせいにしてはいけないが、やはり、今一つだ。

そういえば、面白いことに、春は「けだるく」、夏は「うだるようで」、秋は「物憂くて」、冬は「しばれる」だ。こうなると、年から年中、気合が入らない。
反面、秋は「味覚の愛、馬、太る秋、天高き秋」であり、冬は、「透き通った空気がおいしく、ペチカの火は暖かく、満天の星空は美しく、クリスマスもあるでーで楽しかばんた」であり、春は春で、心がうきうき、その楽しさをあげれば枚挙に暇がない。夏は夏でギンギラギンの夏である。わお^−−−つと叫びたくなる夏である。
こう考えれば、やる気も出てくるわけだ。

本来、僕は楽観的な人間なので、立ち直りは早いので何の心配もない。
ただ、巷を見渡せば、相変わらず。不景気、不景気である。左を向いても、右を向いても、仏頂面の顔ばかり。前を向いても、後ろを向いても、闇ばかり。これじゃあ、身動きがとれない。それでも、やはり、前を向いて歩かなくちゃならない。だから、つらいんだよなーーー。

何か抜本的改革はないんだろうか?皆が幸せになれるような思い切った改革は?。
そう言えば、先日車に乗せていた綾小路君麻呂さんのシーデイーを聞いた。
その中で言っていたが、「おじん法、おばん法」の制定。これなんかは、抜本的改革の一つと言っていいだろう。

70才過ぎのおじんには、年二回、バイアグラの配布。80才以上のおじん、おばんには、年三回の無銭飲食の許可。こりゃああ、すばらしい法律だ。こういう明るい法律なら大歓迎だ。

ただ、昨今の法律は、何かがあった後、あわてて、それを規制しようとする。法で規制する前に、もっと何かすべきことがあるんじゃないだろうか。新しい法律が出来るたびにそう思う。何かすべきこととは、大人がもっと、襟裳を正すことが、その出発点でなければならないような気がする。

えらそうなことを言っているが、「あんたはどうなんだ?」と言われれば、僕もやはり、同じ穴のむじなである。そうであるならば、言わなければ良かったが、いつも、肝に銘じていることなので、あえて言ってしまった。

「気合が入らない」と、言いながら、えらい気合を入れて書いてしまった。「そういうことを書く前に、もっとなにかすべきことがあるんじゃないの」と、おしかりを受けそうだ。「ごもっともです。未熟者でした」。まずは、おまんがが食えるように、汗水流すことが先決のようだ。考える前に明日の糧を求めて行動だ。これが結論だ。


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