umityanの日記
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八月の終わりに思う at 2003 08/31 16:13 編集
厳しい残暑のなかで、八月の末日を迎えた。いよいよ、明日から、長月、9月だ。9月は僕の誕生日と、自動車免許の更新がやってくる。忘れたい誕生日はさておき、前回の自動車免許の更新には苦い思い出がある。更新時の三ヶ月前に、70過ぎのおばあちゃんのバイクと接触事故を起こした。どう、考えても僕に落ち度はないと思ったが、そういかないところが、日ごろの常。それぞれに、自己主張しても、やはり車が強者。バイクとおばあちゃんとくれば、弱者だ。強者が悪くなるのは当然ということで、いくばくかの点数が減点された。したがって、免許証の色はブルーで、更新期間は三年。ゴールド免許の5年とは大違いだ。以来、安全運転に勤め、三年三ヶ月無事故無違反。点数は既に復活したものの、今回まではブルーの免許証である。 うんんん、残念だ。
まああ、嘆いていても始まらない。そういえば、後四ヶ月で正月だ。そろそろ、今年の反省をしなくてはならない。僕はせっかちなので、何でも早めにしないと気が落ち着かない。さあ、反省タイムだ。 「神よ、仏よ、宇宙の絶対神よ、僕の今年の諸々の罪を許したまえ・・・・・洗い清めたまえ・・・。アーメン。南無・・・。合掌・・・・むにゃむにゃ・・・・」。 こう書くと、「この欲張り者、いまなお、お前は、罪深いやつだ・・・・」と一喝されそう。それでも、すったもんだしながら、今日まで、大過なく来れたことは、懺悔の効果が少しはあったのかもしれない。 おっと、これ以上言及することは好ましくないようだ。
この辺で話題を変えて、昨夜は久しぶりに世界陸上競技をテレビで見た。日本選手の活躍には目覚しいものがあった。もって生まれた才能もあるだろうが、やはり、なんといても努力の積み重ねが実を結んだと言っていいだろう。選手の皆さんに、「心からおめでとう」と、言いたい。
オリンピックにせよ、世界のスポーツを見ていて、よく思うことだが、確かにスポーツに、国境はない。愛もそうかもしれない。しかるに、戦争だけは国境があるわけだ。宗教の違いからくる排他性。人口増に伴う食料、資源の奪い合い。民族の生存権を脅かす貧富の差の拡大。神も、仏も宇宙も、これらを想定して人類を地球に送り込んだわけではないはずだ。共存共栄と相互扶助による世界平和の構築。この精神が世界中に充満し、その具体的行動がとられれば、世界はもっと平和になるに違いない。そんな気がする。言葉では誰でもわかっている。が、現実の世界は、そう甘くはない。如何ともしがたい欲を、人類が持っているからなんだろうか?。その欲をちょっとばかり、抑えて生きたらどうなんだろうか?。いろんな思惑が錯綜している。そのもつれた思惑と言う糸をほぐすには、欲をちょっと、抑えることしかないのではないだろうか?。
欲は欲として認めても、スポーツ選手が、一歩、一歩、努力を重ねて果実を実らせているように、各国も、その努力を重ねて、平和と言う実を実らせていくことしか、今は出来ないのかもしれない。せいてはことを仕損じるというから。まずは足元の第一歩からスタートである。 なんだか、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。この辺で、八月の終わりの締めくくりとしたい。
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