umityanの日記
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2004年01月22日(木) 雪んこちゃん、大いに歓迎だ。

雪んこちゃん、大いに歓迎だ。
at 2004 01/22 13:44 編集

「わおーーーーつ」、雪だああ・・・・。朝起きたら、一面の銀世界。「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」という小説ではないが、カーテンを開けると、一つの町が全部雪に覆われていた。南国の田舎ではめったに見られない風景。北国の人にとっては、うらめしい雪かもしれない。僕にとっては、新鮮で美しく感じられるのだ。

今日はパートさんもお休み。この雪じゃあ、どこまでが道で、どこまでが田んぼかわからない。万一、田んぼに落ち込んだら誰が保障してくれる?。ゆっくり休んで、明日への鋭気を養って欲しい。僕も、こんなときは、じっと部屋にこもって、日ごろやっていないことをやろうと思う。

と言うわけで、電話も鳴らない事務所で書棚の点検だ。今、切手シートのファイルを探していた。十数年来、集めてきたお年玉年賀ハガキの切手シート。毎年、一枚は当たるから、十数年分がたまっているわけだ。一つずつ紐解いていくと懐かしい。おっと、古いアルバムも出てきた。いやああ、昔は僕もハンサムで若かったなあーーー。ちょっと、何かが頼りないが・・・。
何かとは何か?考えてみた。おそらく、貫禄、自信といったものかもしれない。とは言っても、あまり若い頃から、貫禄や自信にあふれていたら、「とっちゃん坊や」みたいである。それ相応に、なにかが足りないぐらいがいいのだろう。自己弁護だ。

先程、母に電話してみた。やはり雪らしい。一応元気な様子。良かった。今から風呂に行くとのこと。温泉町っていいものだ。好きなときに温かい温泉につかれる。僕も小さい頃は、爺さんにつれられて、温泉によく行っていた。そのせいか、脂ぎった生意気小僧の時代になっても、「にきび」と称するものが出来なかった。今でもよく、スナックのママさんや、小料理屋のママさんに言われる。「たるちゃんは、お肌がきれいね」って。「タルチャン」とは、もう一つの僕の愛称。そんな時、僕はこう答える。「そう言ってくれるのは、ママちゃんだけよ」。「うんんん、実はねえ・・・・・、温泉町で育ち、温泉を産湯に使ったからねえ・・・・・・」と。「うふふ・・・」と、笑いがあって、ただ、それだけのことだ。

今は、故郷に帰ったときだけ、温泉につかる。地元の、おっちゃん、おばちゃんも、すっかり年をとって、僕に気がつかない。
ちょと、不思議そうな目で一瞥を投げる。が、そこまでだ。僕もあえて、しゃべることもない。
時が経つと、僕もよそもの。まあ、これは仕方がないことだ。

「ちらっつ、ちらっつ」と、外の雪を眺めながら、僕の手は書棚をあさっている。いろんな物が出てくる。僕って、やはり貧乏性なんだろうか。なんでも大事にしまいこんでいる。もらったものでも、使えばいいのに、しまいこんで、挙句の果ては、よごれて、価値が減少だ。ばあさんも同じだった。今、やっと、ばあさんの気持ちがわかったような・・・?。
文鎮が出てきた。見事なやつ。使おう。今まで、筆で物を書かねばならないとき、手元になかった。色んなものをおもしに使っていた。これじゃああ、良い書が書ける訳もない。今度からはおきものも探す手間が省けたと言うものだ。準備周到に越したことはない。

書棚を探索すれども、「へそくり」だけは出てこなかった。どうも、へそくりは僕の性に合わないようだ。堂々と使おう。それが僕の趣味。こそこそ使おうなんて、了見の狭いやつ。まあ、これは人、それぞれの物の考え方だから、とやかくほえる必要もないか。本当はそう言っているやつが一番、へそくっているのかもしれない。この話は、これ以上、言及はすまい。

今も、雪は断続的に降っている。今週は、ずっと、この調子らしい。いいいではないか。めったにあることではなし。大雪で困っている人には恐縮であるが、雪、雪、雪んこちゃん、大いに歓迎だ。






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