umityanの日記
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2004年05月22日(土) 一歩引いて二歩前進。

一歩引いて二歩前進。
at 2004 05/22 11:45 編集

台風が事もなく去り、穏やかな五月の空が戻った。自然は時には驚異を振るうが、ちゃんと、お返しに刹那の安らぎを与えてくれる。生あるものが命を支えることが出来るのも、自然との共存共栄が成り立っているからなのだろう。

朝顔がつるを伸ばした。今、懸命に竹ざおに巻きついている。日々、その成長を眺めるのが好きだ。誰の俳句だったか、忘れたが、「朝顔につるべとられて、もらい水」。なんだか、古きよき時代の、平和な家庭の一こまを見ているようだ。頭に白いタオルを乗っけて、腕まくりした着物姿。エプロンを着け下駄を履いた若い女性。井戸で、水を汲もうとしたら、朝顔のつるが・・・・。「あっつ」と驚いて、たじろいでいる女性の姿。僕は垣根の上越しに、その姿を垣間見る。ひかれるんだよなーーーー、そんな光景に。僕はまだ、角帽をかぶった書生だったりして・・?。いやはや、夢想ををここまで働かせるとは、僕もおめでたい人間だぜ。今なら、「のぞき」の現行犯ということで、豚箱の片隅で膝を抱えてうずくまっていることだろう。

最近、景気が回復してきたような、国内環境。個人消費も、企業の設備投資も伸びているそうな。確かに。閑古鳥が鳴いていた僕の仕事も、あたふたと、忙しくなった。必ずしも、景気回復の影響ばかりではないと思うが、世の中が少しばかり、積極的に動き出したと言う感はある。世の中が活動的で豊かになることはいいことだ。

ただ、豊かさの反動かどうかは分からないが、相変わらず、犯罪がらみの事件が多い。よく考えてみると、物事はすべて、相対立する構造からなりたっているように見える。愛があるから憎しみもあり、得する人がいるから損する人もいるわけだ。豊かさがあれば貧困もある。あげればいとまがない。

世の中の相対立する構造ーーーこれは、物質面と精神面の二つに集約されると言ってもいい。物質が精神を支配するのか?、精神が物質を支配するのか?。犯罪がらみの事件は、物質が精神に勝ったことの帰結かもしれない。「人間は考える葦」。かの、パスカルは言った。何かの行動をする前に、ちょっと、一歩引いて、考えると良いのだが。それが出来うる人と、苦手な人もいるわけだ。

卑近な例だが、駅なんかの、男性トイレに入ると、壁に張り紙がしてある。「もう一歩前進を」と。まだ、小生意気な頃の僕は、「なんだーーこりゃあ。失礼なは張り紙だぜ・・」と思ったものだ。最近はそう思わなくなった。ちょっと、ここで、弁解をしておかねばならないが、決して僕の一物から放たれるものが、勢いがないと言うことではない。現役バリバリである・・・・・・・?。

張り紙を見ながら、思わず、「そうだなーーー」と思い、右足一歩、左足一歩前進だ。後の人のことを考え、不愉快な想いをさせたくないと思えば、当然のことだろう。今にも爆発しそうで、あわてているときは、粗相も、しかたがないとは思うが、まあ、こういうことは常識の範囲。その常識にさえ気ずかず、わが道を行く事にのみ、固執するから、精神が置き去りになるわけだ。例が悪かったかもしれないが、いろんな事件も、一歩引いて考えると、防げたことが多々あったに違いない。

一歩引いて考えることは、決して遅れを取っているわけではない。慎重というわけでもない。一種の思いやりかもしれなし。自然との協調、人間との協調。人生百年を楽しく生きるには、思いやり、協調・・・・これしかないだろう。
一歩引いて、二歩前進するなら言うことなしだ。





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