umityanの日記
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朝顔みたいな女性。 at 2004 06/01 09:51 編集
いよいよ六月一日と相成った。今日は梅雨の谷間。良い天気だ。気温も下がって、すがすがしい朝を迎えた。昨夜の品行方正が功を奏して、五時半に起床。庭の落ち葉を掃き清め、ヘルシアをぐっと飲み干す。かく後、朝食の準備にかかるわけだ。
朝刊に目を通すと、「日記帳」について、ちらっとコメントしてあった。日記に、何月、何日、何曜日と書くのは、世界、どこでも珍しくはないが、その次に、「天気」を書くのは日本独特らしい。やはり、四季がおりなす豊かな自然の風情が、天気のことを書くようになった由縁の一つらしいと。確かにそうだと思う。僕もその例外にもれず、天気のことをよく書いている。 なんというか、日記や手紙などは、最初の出だしに天気のことを書くと、あとの文章を展開しやすくなる。もう、すっかり癖みたいになっているわけだ。
天気のあとは、自然の風景。六月はなんといっても、アジサイと菖蒲。どこの地でも、アジサイ寺や、菖蒲園があり、今の季節の憩いの場となっている。とはいえ、まだ、僕の赴く領域ではない。
男は女性と違い、とりとめて、花をめでる感覚に乏しいようだ。僕もその例外ではない。あえて、花が必要なのは、女性の気を引くために、名も知らない、初めて触ったような花を買い求めて、プレゼントするときくらいか?。「これ、僕の気持ち」とか何とか言っても、花言葉の意味さえしらないで。受け取った女性は「最初はにっこり、別れた後で、くずかごへポン」がいいところである。
ただ、例外の例外もある。男の僕でもめでる花の一つくらいはある。僕にとっての唯一の花は、やはり朝顔だろう。なぜか、この花が好きである。朝咲いて、挨拶を交わし、夕べにはおやすみだ。かくて、翌朝はまた、可憐な姿で、挨拶をしてくれる。必死に竹ざおに絡み付いて、ドンドン登っていく。その姿が、いとおしく、頼もしく、いじらしく、我が人生の姿を見ているかのごとく感じるのだ。ちょっと、大げさだったかな?。要するに育ちやすく、分かりやすい花である。自らを、あでやかに飾ることもなく、質素で、僕にいわせれば女性の鏡みたいなもの。
さる、小料理屋さんで、言ったことがある。「、朝顔みたいに可憐で優しい女性はいないかなーーーー」と。ママ曰く。「今時、そんな女性がいるもんね・・・。どくだみならいっぱいいるけどねえ・・・・」。僕は思ったね。「さもありなん」と。やはり、朝顔みたいな女性は、今の世では、天然記念物なのだと。
まあ、これは僕の独断と偏見である。そもそも、僕が抱いている朝顔のイメージが他人に理解できなければ、いくらほざいても、のれんに腕押しである。したがって、朝顔のような女性といっても、人には分からないことなのだ。ここまで、書いて後悔したが、いまさら書き直す気になれない。 すがすがしい朝の清涼飲料水と思って、このまま記載しておこう。
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