umityanの日記
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| 2004年06月09日(水) |
苦しい時でもホップ・ステップ・ジャンプだ。 |
苦しい時でもホップ・ステップ・ジャンプだ。 at 2004 06/09 00:53 編集
最近は、やたらと仕事が忙しくて、せわしい日々である。よく言えば、嬉しい悲鳴であり、悪く言えば、「何故に又、こんな」である。とはいえ、人様のお役に立てることほど、幸せなことはない。お金は二の次だ。というより、ボスもそうだが、僕も仕事の代金、いわゆる報酬というものの請求が下手で、取り漏れや、値引きなど、結構ある。ボスも僕も、お人よしといえば、お人よしである。
まさか、明日、倒産するやもしれぬ、クライアントや、あまりにに厳しい現状に遭遇している人たちから、料金を取れるはずもない。その場は、成功払いということで、済ませてしまうわけだ。いつの間にやら、記憶の彼方におき忘れ、結局は時効ということになる。今のところ、仕方がないかで済まされるから、いいのだろう。
ずっつと、昔だったと思う。何かで、「生きがい感」についてのアンケートがあった。男が生きがいを感じることの第一位は、やはり仕事のことだったと思う。男から仕事を取りされば、果たして何が残るか?。いわずもがな、「生きるしかばね」である。歌を忘れたカナリヤのように、「ぽかーん」として、目はうつろ。まるで、夢遊病者みたいになってしまう。男にとって仕事は、命である。
屍だけにはなりたくない。てなわけで、体力アップと能力アップに、日々、いそしんでいるわけだ。「それ、本当?」と、疑いの目があるやもしれぬ。弁解するわけではないが、もちろん、時には羽目をはずして、大いに脱線するわけだ。まあ、これがあるから、仕事でも何でも、奮起継続していけるのだろう。
しからば、女性が生きがいを感じる時って、何だろう?。確か、アンケートの一位は、「人から頼りにされること」じゃなかったかと思う。記憶が定jかではない。確かにそうかもしれない。人から振り向きもされず、頼りにもされなかったら、孤独である。これほど、生きていて悲しく、わびしいことはないだろう。若いうちは、ピチピチで孤独も良いかも知れないが、ずっと、生きていく上での孤独は、生きがい感、喪失の最たるものだろう。
ただ、突き詰めて考えれば、男の生きがい感も、女の生きがい感も、心底では一致しているのかもしれない。そう思う。
個々人の心の持ち方は、それぞれに違う。大事なことは、いつも、言葉を交わした相手、触れ合った相手を、一人の人間として、認めてあげることかもしれない。そういう姿勢で臨むと、決まって、道は開けるような気がするし、孤独感に、さい悩まされることもないだろう。
話が思わぬ方向に行ってしまった。仕事がうまくいっているとき、人は優しくなれるのかもしれない。今日の僕はそんな僕みたいだ。
奇麗事ばかり、ほざいているが、何かのきっかけで、失意のどん底に落ちることがあるかもしれない。「そんなときでも、お前は、優しいおまえで、生きがい感を持ったおまえでありえるのか?」と、悪魔の声が聞こえた。うんんんん、非常に難しい質問だ。ただ、僕はめげることなく、培ってきたバネで、再び、ホップ・ステップ・ジャンプと、飛びたいと思う。今はそうとしか言えないか。
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