umityanの日記
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| 2004年06月16日(水) |
刹那のすがすがしさ。 |
刹那のすがすがしさ。 at 2004 06/16 15:16 編集
ここ数日、ばたばたで、日記等書いていなかった。外は梅雨の谷間で、相変わらず、ぼんやりした天気が続いている。「お天気さんよ、梅雨があがったのか否か?、はっきりして欲しいぜ}と言いたい。 そんな中で、僕は珍しく、仕事にいそしみ、遊びに邁進している。
仕事といえば、最近、代表者がなくなったり、会社をたたんだりで、暗い仕事ばかりだ。季節の変わり目。人は体調を崩すし、景気が上向きとはいえ、今まで蓄積した赤字の解消には至らず、やむなく、解散にいたるわけだ。なあにか、スカッと、さわやかなことはないのか?。
そうそう、さわやかと言えば、先日の日曜日は結婚式に参列した。チャペルでの結婚式だった。テレビではよく見かけるが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。牧師さんが聖書を読み上げ、声楽を勉強した、うら若き乙女たちが、美声で賛美歌を歌う。「はい、皆さんも一緒に」と、賛美歌の何番だったっけ?。恐る恐る歌った。いつも、最後にアーメンと唱える。僕は思わず、南無・・・・・と言ってしまいそうになった。なるほど、良いものだ。指輪の交換やら、キスのシーンなどがあり、それはそれは、ほほえましい光景。ほぼ、30分程度の式で、それから披露宴だ。
円卓テーブルに7−−8人が座る。話せば親戚みたいに、近い人たちばかりかもしれないが、アルコールが入る前は、それぞれに緊張し、無口。そのうちに、会話をするようになり、話していると、「あーーっつ、そうなの。そうだったの。なるほどねーーーー」と、打ち解けてしまう。、今度遊びに来いよ。と、最後は、友人みたいになり、別れを惜しむ。よくありがちな光景である。
僕は新婦の母親のいとこに当たるが、親族紹介のとき、新婦から見た場合は、いとこ半になるのに、間違えて、いとこと言ってしまった。「えらい、老けたいとこさんがいるね」と、新郎側に思われたに違いない。まああ、たいしたことではない。恐らくは、以後、付き合いが生じる可能性もないだろうからだ。
それにしても、夫婦とは面白い存在だなあと思った。実は新婦の母親(僕のいとこ)と、その旦那は正式に離婚している。それでも、娘の結婚式には夫婦みたいに紹介され、あいむつましく、臨席しているわけだ。内心はどうかわ分からないが、「よりを戻したらどう?」と聞くと、もう、お互いに、その気はなさそう。「覆水盆にかえらず」で、愛が冷めてしまうと、同居生活を、いまさら営む気にはならないのだろう。まあ、二人共通の生産物たる娘のためとあらば、離婚していても、協力することくらいは、なんら支障はないわけだ。もともと、子供に罪があるわけではないから、当然といえば当然か?。
てなわけで、ほんの刹那の、すがすがしさに遭遇した。今は、再び、仕事にいそしみ、遊びに夢中になり、混沌と、けだるさと、人生のむなしさを感じながら息をしているわけだ。
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