umityanの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年08月04日(水) 朝顔と夕顔。どんな関係?。

朝顔と夕顔。どんな関係?。。
at 2004 08/04 00:00 編集

今日も暑い中、一日が暮れた。どうも、昨夜の乱交がたたってか、朝から気分が優れなかった。朝顔だけが、明朗、活発、涼しげに微笑みかけてくれた。夏場だけのほんの短い命ながら、僕に十二分な癒しを与えてくれる朝顔・・・・・・。夕方には、その姿もしぼんでしまうが、また、朝になると、別の優雅な顔で僕を迎えてくれる。

最近のニュースで、女子高校生をうしろから抱きしめるという変わった青年というか、壮年男性が逮捕されていた。まああ、これは犯罪に違いないが、「朝顔のごとく君なりけり」という存在ならば、僕だって、そっと、後ろから抱きしめてやりたい衝動にかられるだろう。彼の動機は何だったのかよく分からないが。ピュアであればあるほどにだ。如何せん。朝顔は花だ。癒しの対象として、めでるしかないわけだが・・・・。

僕が何故に、朝顔が好きになったかと言えば、いくつか理由がある。一つは、小さいころ、母が二回の縁側で、懇切丁寧に朝顔を育てていた記憶があるからだ。毎日、欠かさず水をやっていた。僕たち兄弟は、朝顔の成長を楽しみにしながら、ギシギシと音がする机に向かって、悶々としながら勉強していた。その頃から、朝顔は僕の癒しの対象だったわけだ。

さらに、もう一つ理由をあげるとすれば、国語の教員だった父が、紫式部の「源氏物語」という本を持っていた。噛み砕いて書いてある本だったので、僕もなんとなく、読めば理解できた。その中に出てきた「夕顔」という、女性の名前が妙に頭に残り、朝顔とダブって清純・無垢な女性のイメージとして心に宿ってきたからだろう。僕が女の子の命名者ならば、「夕顔」と名前をつけてやりたいと、今でも思う。

やがて、僕も大人へと脱皮し、憧れの都会へ身を投じ、企業の戦士となって働いた。その頃は朝顔の「あ」という字さえ、思い出すこともなかった。企業の戦士も、世の中のしがらみに敗れて、下野したわけだが、田舎の、のどかさと、自然の美しさが再び僕に「朝顔」を思い出させてくれた。

風で花びらがなびいている様子を書斎から眺めていると、ついぞ、時間のたつのを忘れてしまう。これは、水槽の中を気持ちよく泳いでいる金魚の姿をながめているのと、同じ気持ちだろう。

思うに、娑婆世界で、すっかり穢れを知ってしまった僕は、失われつつある無垢な心に憧憬の念を抱いているのかもしれない。

もう、二度と、あの子供時代には戻れないわけだが。






umityan |MAILHomePage

My追加