umityanの日記
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| 2004年08月22日(日) |
心のひずみはどうしたら埋められるのか? |
心のひずみはどうしたら埋められるのか? at 2004 08/22 01:17 編集
人生とは人が生きること。この生きることが易しいようで、意外と難しい。この小さな日本列島にも、一億三千万人弱の人間が、ひしめき合って生きている。それぞれに、「考える」という能力を持ってだ。当然、考えがぶつかることもあり、次第に、そこにひずみが生じる。喜び、悲しみ、愛、憎しみ、その他、もろもろの感情は、そのひずみに忍び込むわけだ。おおかた、ひずみは修復可能だが、そうでないひずみもあるわけだ。 特に、長年連れそった夫婦の心のひずみは深刻である。
今日、友人から長い一通の長いメールをもらった。離婚の危機にありながら離婚できないでいる。財産分与の問題、子供の問題、もろもろの問題がある。そんな中で、突き詰めて考えると、夫婦間の心の問題がその根本要因にあるように思えた。
友人は離婚して出直したいと言う。相手は離婚はしないという。友人が財産を放棄しても、相手は離婚には応じないという。一体、その心理は何だろう?。どちらに非があるのか定かではない。一般的には男に非があるように思われがちだが、友人の場合はそうでもなさそうである。あえて、あると言えば、夫婦生活が、もうずっとなかったことかもしれない。愛情がさめてしまった男側の非。これを罪と言うならば、そうかもしれない。 相手にはまだ、未練というか、愛の片鱗が残っているのだろうか?。そのことが、離婚に応じない理由なのか?。わからない。少なくともいえることは、金だけの問題ではないことだ。
一瞬思った。これは復讐なのかもしれないと。「あなたの身勝手ばかりを許せない。私の苦しみをあなたにも、味わってもらう」ということなんだろうか?。もし、そうなら、人間の心って怖いものである。
当初は仲むつましく、二人の子を儲け、今は二人とも成長し、ひとり立ちの一歩手前だ。何の不足もない。ただ、いつしか、夫婦のなかに生じたひずみは、癒されることなく、ますます亀裂を深めてしまった。 ここまでに至るプロセスが、他人にはわからないところだ。
夫婦喧嘩は犬も喰わぬというが、「心の冷め」は、もう、夫婦喧嘩の範疇ではない。 アドバイスを求められたが、如何せん。経験のないことに、的確に答えうる能力も自信もなかった。
僕にいえたのは、「何度も何度も心を割って話しあうこと」という言葉である。恐らくは、もう、その段階を超えているかもしれないのだが・・・・・・。
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