umityanの日記
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2004年08月29日(日) 僕の同窓会が終わった。

今年の同窓会が終わった。ホテルの大広間を借りて550名の参加。会費6000円だ。うんんん、締めて330万円か。僕のボーナスの何年分だ?。すぐ、こういう計算ばかりしたがるのは、小心者のかんぐりか?。

550名も集まると、大広間は、ウサギ小屋みたいなものだ。人、人がひしめき合って、動き回ることもママならない。僕達数名の同級生は、テーブルの一角に席が割り当てられていた。周りを見回すと、立派なおじん、おばん達が既に座っていた。「えらく、老けた者達が集まった席だぜ」と、隣近所に座った者の名札を見てみると、なんと、僕らより3級後輩の連中ばかり。「「えええつ」と、わが目を疑った。要するに、僕達は、見た目には若いってことだ。悪く言えば、「とっちゃん坊や」、「母ちゃん少女」ってことになるのか。これは嬉しいことなのか?悲しいことなのか?。やはり、嬉しいことになるか?。

まあ、そういうことは気にしないで、僕達は次第に打ち解けた。変化した故郷の町並みや、友人達の近況等に花を咲かせたわけだ。ふと、出席予定の友人が来ていなかったので、その理由を尋ねると、なんと、友人の母親がなくなったとのことで、今日が通夜らしい。人は時を待ってくれないものだ。僕達は、急遽、会場で香典を包んだ。まさか、酔っ払って通夜に行くわけにもいかず、その場は、アルコールを飲まない女性に香典を託して、僕達は二次会で待つことにした。

最愛の母をなくした友人の気持は痛いほど分かる。心から冥福を祈りたい。いずれ、我々もたどる道とはいえ、身近な者の死であればあるほど、その死を肯定できないもの。今の僕もそうである。たとえ、肉体が灰と化しても、亡くなった人の魂は、いつも自分の心にあるからだ。こう、考えると死というものはないことになる。ただ、肉体が魂に形を変えたに過ぎない。僕の心には、なお、父、祖父母、義母、叔母の心が宿っている。その心は事あるごとに、僕の道しるべとなってくれているのだ。

通夜にいった友人達と二次会で合流した。場所は、もう何度も行ったことがある友人の友人が経営するスナック。30人程度は入れる。最初は僕達6名だったが、後から、後輩の者達が、どやどやと20名ばかりやってきた。
綾小路君麻呂さんの言葉ではないが、「いやはや、今日はおじん、おばんの産卵場だぜ」と思い、つい笑ってしまったことだ。

「おまえはスタンドプレーが過ぎるよ」と、いつも友人達に言われている僕だが、またしても、僕が、場のイニシアチブを取ってしまった。後輩達を眼前にすえ、得意のラブソング、「ある愛の歌」や、「メリジェーン」、ちと気が早かったが、クリスマスソングの「きよしこの夜」なんか歌ってしまった、そりゃあ、拍手喝さいがあったことは言うまでもない。僕はご満悦。ちなみに、点数は1000点満点の700点代に甘んじてしまった。まあ、これはちと、不快ではあったが。

かくして、僕の同窓会も終わった。ホテルで仮眠を取って、先ほど高速を走らせて帰還した。台風の心配がなければ、もうちょっと、羽を伸ばす予定だったが、自然の脅威の前では、常々叫んでいる予防が大事。激しく揺れ動いている朝顔の葉っぱに目をやりながら、おそるおそる昨夜の思い出をしたためた。今、完了だ。


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