umityanの日記
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2004年11月09日(火) のりちゃんとの久々の再会

最近、やっと忙しさから開放されつつある。僕にとっては良い傾向だ。二つの仕事を持っていると、まるで着せ替え人形のように、衣服を着替えなければならない。まあ、これは仕方のないことだ。いずれの仕事も人様のお役に立つことならば、幸せ冥利につきるというもの。

それはそうと、昨夜は久しぶりに、「のりちゃん」先生と一献傾けた。体調悪し(肉体90パーセント、心10パーセントの病)ということで、しばらく会っていjなかった。彼からの久しぶりのテルがあり、「はーーーーい、行きます」といって、いつもの小料理屋の暖簾をくぐると、なんと彼が先に特等席を陣取っていた。

互いの健康を語らい、焼酎のグラスを乾すたびに、話はいろんな分野へと及んだ。中でも、少子化の話や結婚しない女性が多くなったという話題は盛り上がった。女性の社会進出と共に、結婚という形態が、まさに崩れつつある。言葉はわるいが×1という表現に代表されるように、結婚して子供を生み、旦那と別れるというケースが多い。かくて、子供を女性が一人で育てるわけだ。そういう女性の一人に聞いたことがあるが、「もう結婚はこりごり」という。理由は?と聞けば、結婚当初は相手のことが好きだったが、いつしか、好きでなくなってきたと言う。ふがいない男性の姿に、だんだん嫌気がさし、愛情がもてなくなった。そこから別れへと展開するわけだ。まあ、女性も仕事をもち、なんとか生活をやっていけるようになったことが、×1とう現象を生んでいるのだろう。そうさせている男としては情けないことだ。

僕は、いつも母の姿を見て育ってきた。学校から帰ると、母親はいつも家にいた。確かに、昔は共稼ぎという形態は少なかったので、貧しくても、母親は家にいたわけだ。父親の顔を見ずに寝ることも多かった。要するに役割分担。その分担がまさに今、崩壊している。僕がそう言うと、のりちゃんは、時代の背景が違うと言う。時代の背景が違うから、良しあしは論ぜられないという。確かにそういう一面はある。今の子供は、豊かな時代を当たり前として、そこから人生を構築するわけだ。昔の貧しい時代を起点として、話すことは現代に通じない面もあるだろう。

おっと、仕事に行かねばならない。続はあとにしよう。


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